好事例インタビュー
小規模病院の地域に根差した国際化 外国人職員と通訳サービスで円滑な受入れを実現
徳島県/医療法人徳松会 松永病院
インタビュー実施日:2023.11.24
徳島県内の在留外国人数は2022年6月末に過去最多を更新しており、ベトナムからの技能実習生を中心に増加しています。今回は、徳島市にて地域に根ざした医療・介護を提供している医療法人徳松会 松永病院 理事長・院長の松永厚美先生にお話を聞きました。
松永病院とは
1820年に松永祥齋が徳島県吉野川市で医業を創業。1910年に職員宿舎・病院給食を完備した近代的医院を、1972年に現在の地に30床の整形外科病院を開院しました。現在は地域における2次救急告示病院としての機能を担いつつ、介護老人保健施設エルダリーガーデンやサービス付き高齢者住宅「徳松乃園」、「デイサービスまどか」など地域に根ざした医療・介護も提供しています。
様々な国籍の在住外国人患者を受入れ
当病院には今までは観光客の外国人の方が来ることは少なく、近くの徳島大学医歯薬学部への留学生や、技能実習生、または、特定技能でこの地域の企業や農家で働いている方がほとんどです。国籍で言うと、アジアが一番多く、中国やベトナム、カンボジアなどの方が多いですね。ALTという英語の補助教員で働く方は、オーストラリア、カナダ、米国、ニュージーランド等の方もいます。
来院される外国人の方は、日本語は少しなら話せますが、医療用語を用いるような診察の場面では、英語や外国籍のスタッフ、電話医療通訳を用いて対応することが多いです。
コロナ禍を経て外国人患者さんの来院数は増えていて、今では毎日一人は来るくらいですね。
国際化のきっかけは外国人職員の採用から
2014年EPA看護師候補生を受入れ
先々代の松永堅太郎の時代から、我々経営者が特に看護職職員の養成に非常に熱心に取り組んでいたということや、
近い将来には、恐らく外国人材の力を借りないと医療でも人材を獲得するのが難しい時代になるだろうという考えから、 2014年に思い切って3か国から5人のEPA看護師候補生※の受け入れを開始しました。
受け入れ当時は本当に右も左も分からず、外国人職員採用の面で、1歩先を行く病院の方からお話を伺ったり、看護職のベテランの方に特別に指導者として来てもらったりしました。2016年には国際寮「なかま」という宿泊施設を立てるなど、EPA看護師候補生の受け入れ環境の整備に取り組みました。
EPA看護師候補生に対して、看護師国家試験合格のサポートをしていくことから、当院の国際化が始まったと思っております。
※EPA看護師候補生とは
経済連携協定(EPA)又は交換公文に基づき、国際厚生事業団 (JICELS: ジクウェルズ)が紹介した受入れ機関と締結した雇用契約に明示された受入れ施設において、 研修責任者の監督の下で日本の看護師・介護福祉士資格を取得することを目的とした研修を受けながら就労するインドネシア人、フィリピン人及びベトナム人のこと。
国立国際医療研究センターの外国人医療講座に参加
EPA看護師候補生の受入れと同時期に、外国人職員を採用するにあたって外国人患者の受け入れについても学ぼうと思い、国立国際医療研究センターさんが中心に開催していた講座を受講しました。実際のムスリムの患者さんがお話をされるなど興味深い内容で、大いに感銘を受けました。
EPAの看護師候補生の受け入れを始めるタイミングで一気に院内の国際化を進めようということで、2016年の9月に、院内表示を多言語化したり、 クレジット決済やキャッシュレス決済を導入したりしました。さらに、ハラールに関する研修を給食部門の職員にも受けてもらうなど職員の教育も行いました。
補助金を有効活用し、体制整備を更に進める
2017年8月に、厚生労働省の医療機関における外国人患者受け入れ整備事業※の補正予算の第3次募集があり、応募したところ、採択いただきました。この補助金を活用して、院内にタブレット端末を配置するなど、体制整備を一気に進めました。
また、偶然にも、同年10月上旬に日本初開催となるラフティング世界選手権が、高知県大豊町から徳島県三好市の吉野川中流域において開催され、当院の外国人職員と私は救護チームにボランティアで参加しました。多くの貴重な経験を積みましたが、その中でも、インドネシアのユースの選手が低体温で運ばれてきた際、当院のインドネシア出身のスタッフが近くの救急病院まで救急車に同乗し、緊急の処置を支援することができました。こうした経験から、外国人の職員たちがいる環境を活かし、日本に来て困っている方を助けることで社会貢献できればと考えるようになりました。また、外国に来て困っている外国人患者さんに医療を提供できることは外国人の職員のアイデンティティや自信にもつながっています。
※厚生労働省「外国人患者受入環境施設整備事業」
コロナ禍を機に多くの外国人患者を受け入れ
新型コロナウイルス感染症が拡大をみせる中、 ワクチンや治療薬、個人用防護具(PPE)もない状況で、EPA看護師候補生たちや、既に国家試験に合格している外国人看護師たちも戸惑っていました。
病院の近くには徳島大学があることもあり、留学生やその家族も近隣に多く住んでいます。ワクチンの接種が始まると同時に、外国人の方にも積極的にワクチン接種を受けていただこうと、口コミで積極的に呼びかけをしました。
当時、帰国を希望される方がすごく多かったのですが、ワクチンが打てないと出国・入国できない方も少なくありませんでした。さらに、外出自粛が叫ばれるようになり、外出できないことで、中には鬱状態になってしまう外国人の方もいらっしゃいました。
そこで、近隣の住民の方はもちろん、積極的に外国人の方にもワクチンを打って、この地域に集団免疫をつけたいと思い、ワクチン接種等を進めることにしました。
新型コロナの検査を行うために発熱外来と一般外来を分けて導線を確保する必要があり、当院では、院外に発熱外来を行う簡易の建物を設置しウォークスルーで検査できるようにしました。さらに、感染対策として、院内に立ち入らずに検査ができるようにオンラインで検査結果の管理を行えるようにしました。非常に効率的に検査もできるようになり、多くの外国人の方が当院にいらっしゃいました。
こうした取り組みの結果、コロナ禍がきっかけとして、外国人患者の方が多く受診されるようになりました。
現在の多言語対応体制
ホームページの多言語化・Web問診の活用
ホームページの多言語化と、Web問診の導入は早く取り組んでよかったと思っています。
患者さんが自宅にいながら問診を行っていただけるため、その後は来院して受付を済ませるとすぐに診察が始まるという流れが実現できています。Web問診は英語・中国語・韓国語に対応しており、患者さんがインターネットを通じて入力した内容を、病院の電子カルテシステムの中にそのまま取り込むことができます。Web問診の導入により、これまで難しかった外国語で記載された問診結果を日本人スタッフがカルテに入力するという課題と、外国人スタッフにとって難しかった日本語でカルテを入力するという課題を解決できました。
当院ではLINEの公式アカウントも開設しており、様々なお問い合わせを受け付けています。LINEは、 外国人の方でもアクセスが可能で、QRコードで読み込めばいいだけなので、たくさんの患者さんに活用いただいています。
診察の場では医療通訳を活用
Web問診までの過程において通訳は必要ありませんが、診察の場面では医師が話しますので、医療通訳や機械翻訳が必要です。タブレット端末を利用した機械翻訳でも対応できる患者さんもいらっしゃいますが、日本語をほぼ話さない患者さんの場合は電話医療通訳が有効です。特にインフォームドコンセントの時は絶対に電話通訳が必要です。
外国人患者さんを診察する際、英語ができるお医者さんは多くいると思いますが、希少言語では医療通訳が必要になりますよね。例えば先日、カンボジア人でほとんど日本語を話さない在住の方が来院した時に電話医療通訳にお世話になりました。
また、電話医療通訳を使う際でも「やさしい日本語」で主語と述語が欠けないように標準語で話すことや、出来る限りイエスかノーで答えられる質問をすることを意識し、診察を効率的に行うように心掛けています。患者さんの中には、自分が行くことで迷惑をかけるのではないか、手間をかけてしまっているのではないかと考えて医療機関に受診しづらさを感じている方も少なくないからです。
通訳倫理への配慮
特定技能の管理団体の方や職場の労務担当の方が、外国人労働者の患者さんと一緒に診察に立ち会おうとされるケースがありますが、労働災害の可能性のある診察の時には、その会社と外国人労働者の患者さんの間には、利害が生じることがあるので注意が必要です。
当院を受診した外国人患者の中で、職場で転落して圧迫骨折をしたがなかなか治らず、滞在期間を延長できなかったため不法滞在になったケースがありました。その際、様々な利害関係者が診察への同席を希望されました。しかし、その患者さんと電話通訳を介して1対1で話をすると、患者さんは母国に帰りたいだけで、外部の利害関係者の介入で話がややこしくなっていると分かりました。
このような事例があったため、利害のある方には通訳をさせず、基本的に診察室の中で完結するようにしています。このような観点からも、第三者でありプロフェッショナルである医療通訳者が通訳をしてくれる電話医療通訳が重要です。
受付でもスムーズな受け入れ
Web問診を使わずに日本語を話さない外国人患者さんが来院された場合、受付で英語を話すか聞きます。英語を話せる場合は、スタッフが最小限の英語を使うかまたは指さしシートを用いて、簡単な症状や誰と病院に来たのかを聞きとります。もし患者さんが英語を話せない場合は、何語が話せるかを聞きとります。日本語が全く喋れない人の場合は、たいてい知り合いの日本人や少し日本語が分かる友人の方がついてくるので、その方から患者さんは何語を話すのか聞きとります。
言語などの受付で聞きとった情報は診察室に伝えます。そうすると電話通訳の準備ができます。
診察以外の場面ではまずは身振り手振りでコミュニケーション
当院では、医療通訳を必要とする場面は診察室の中に集約されているんですよね。受付や看護師さんが担当するような場面では、電話で通訳者を呼ぶ時間があるのならその時間で身振り手振りで伝えています。患者さんを院内で誘導する場合は身振り手振りで伝わりますし、ジェスチャーを使ったほうが、下手な英語を使うよりも患者さんに早く伝わりますよね。
また、レントゲンを撮る際の「大きく息を吸い込んで、呼吸をじーっと止めておいてください」と言う場面で言葉がうまく通じない場合は、患者さんが息を止めている時を見計らって撮ります。こうした対応は、外国人だけではなく、例えば耳の不自由な方や赤ちゃんの場合と同じだと思います。
未収金はほとんど発生せず
当院は全て在住外国人の患者さんなので、保険に入っていらっしゃることもあり、未収金が発生することはほとんどありません。決済手段としては様々用意していますが、外国人患者さんはQRコード決済を使う方もいますが、現金払いの方が多い印象です。
外国人患者さんが保険証を持っていれば、医療費の見積もりは診察室の場でもできますよね。診察室で初診料と検査と例えば湿布を出したら何円くらいか、というのを通訳を介して伝えることもあります。
地域連携には課題も
当院単独では対応が進められていますが、地域連携という意味では課題感もあります。感染症や医療安全などの分野では地域連携がありますが、外国人患者受入れという分野での連携はありません。お互いに困った事例や対応方法について話し合うような機会があれば、お互いのためにも良いですよね。
また、外国語しか話さない患者さんで、手術が必要な場合は大きな病院の方に対応していただかないといけないので、その際にどこのセクションに紹介すればよいかなどの情報共有を行う必要があると思います。
院内のデジタル化を早期に整えていたことが重要
オンライン診療や遠隔通訳の利用を支障なく行うことができたのは、当院が早くにWi-Fiを整備していたことが大きかったと思います。
2007年に回復リハビリ病棟を本院の近くに建てたことをきっかけに、補助金も活用しながら、電子カルテの導入や院内LAN、Wi-Fiの整備やタブレットの導入を進めました。今では道を隔てて5つの施設が隣接していて、どこの施設にいても電子カルテが見られるようにネットワーク環境を整えています。
ネットワークの整備をしていた点は、当院で働くEPA看護師候補生にとっても良かったです。EPA看護師候補生の方が入国するときは、基本的に日本の電話番号やSIMカードを持っていないので、連絡をするためには、無料のチャットアプリや通話ツールを使うのが一番良いんですよね。
外国人患者さんの受入れにおいても、院内のデジタル化を進めたことで、オンライン診療や遠隔通訳の利用を支障なく行うことができましたので、補助金なども活用しながらデジタル環境を整えることは大事だと思います。
※インタビュー対象の方のご所属・肩書きはインタビュー実施当時のものです。
※各対象の体制等もインタビュー当時のものであり、現在と異なる場合がありますので、予めご理解ください。