好事例インタビュー
日本の先駆けとして外国人患者受入れ体制を整備 関西の玄関口・泉州地域の外国人医療を支える
大阪府/りんくう総合医療センター
インタビュー実施日:2023.10.05
大阪府南西部に位置する大阪府泉州地域は、繊維産業や金属・機械工業などの第二次産業に加えて、伝統・地場産業や農業を主要産業として発展してきました。古墳群など歴史・文化的資源も豊富で、2019年には外国人延べ宿泊者数が150万人を超える日本有数の観光地でもあります。また、コロナ禍以前の2018年頃には航空旅客数が年間で約3,000万人に迫る関西国際空港を抱えており、新型コロナウイルス感染症が5類へと移行したことで、今後は空港を利用する外国人の数もさらに増加することが予想されます。 今回は、そんな関西国際空港から距離にしてわずか7キロに位置するりんくう総合医療センターから、健康管理センター長兼国際診療科部長の南谷かおり先生にお話を伺いました。
りんくう総合医療センターとは
りんくう総合医療センターは、大阪府がん診療拠点病院、地域医療支援病院、災害拠点病院としての機能に加えて、泉州救命救急センター、泉州広域母子医療センター、特定感染症指定医療機関としての極めて特徴的な医療機能を有した高度急性期病院で、救命救急病床30床、感染症病床10床を含め、総病床数388床を有しています。関西国際空港の対岸という土地柄、旅行者の医療的対応に当たるとともに、大阪在住の多数の外国人の診療も行っています。
早くも2000年代から外国人患者さんの受入れ体制の整備を進めており、外国人受入れ医療機関認証制度(JMIP)を最初に取得した医療機関の1つです。国際診療の分野では全国的にも有名な施設となっています。
基本理念は、「患者中心の医療を通じて地域社会に貢献します」。最先端の医療を地域住民に届けるための様々な取り組みを意欲的におこなっています。
訪日・在住を問わず様々な国籍の外国人患者さんを受入れ
コロナ禍前は、年間の通訳件数は約1,500件で、そのうち訪日外国人が2割、在住外国人が8割程度でした。コロナ禍では、訪日外国人患者さんが減少した影響か、通訳件数は1,200件にまで落ち込みましたね。
しかし、2023年2月くらいから、救急で運ばれてくる訪日外国人の数がまた増えてきているように感じます。1週間に最低1人は訪日の外国人患者さんが受診、または入院しているような状況です。
国籍としては、設立当初はポルトガル語やスペイン語を話す中南米出身の外国人の割合が多く来院されていました。2015年以降は、訪日観光客やアジアからの実習生・労働者等の増加により、英語・中国語の通訳件数が増えています。日本で生まれたり、幼少期に来日したりした人は日本語が喋れますが、大人になってから来た人は20年住んでいたとしても、医療の場面では日本語を理解できない人も多いです。
また、留学生よりは労働者の方が多いですね。関西国際空港などの航空関係の会社で働く外国人労働者の方なども、当院をよく受診されます。
外国人患者受入れ体制整備の道のり
体制整備のきっかけ
2000年代中頃から、外国人の方が救急で来院することが増え始めたのが、体制整備のきっかけでしたね。当時、英語も通じない外国人患者さんに身振り手振りで対応したり、支払いに関しても円を持ち合わせておらずドルで受け取ったり、などということが発生し始めていました。経営陣がそうした問題に対処しようとした際に、当時常勤で、海外で医師として勤務した経験を持ち、外国語を話せる私が担当医に抜擢され、2006年に国際外来が開設されました。
手探りで進めた体制整備
当初はモデルになるような医療機関もあまりなく、手探りの状況でしたね。
まずは医療通訳者さんを配置するところから始めました。最初は英語だけでしたが、翌年には中国語の通訳者やさらに、現在はりんくう総合医療センターで看護師をしている方が、スペイン語の通訳者として加わりました。その後、大阪府や大学の通訳ネットワークからスペイン語やポルトガル語話者を勧誘したりして、通訳者の数を増やしていきました。
通訳者の数が増えたといっても、医療のことが分かる人は多くありませんでした。そのため、現場に入ってもらいながら、時には私が通訳時に同席したり、通訳後にフィードバックしたりして医療通訳者を育成してきました。通訳は一人でおこなうと間違いに気づくことが難しいので、ペア体制にしてお互いがチェックしあえるように計らい、学習面でも効果が得られるようにしました。
数年は通訳者のシフト調整やバックアップを全部私がやっていたのですが、通訳者の数が50人程度になった頃には手が回らなくなり、新たにコーディネーターの役割を担える人を雇うことにしました。同時期にJMIP認証が創設され、厚生労働省からの勧めもあって受審した結果、2013年に初めてJMIP制度で認証をされた医療機関の1つとなったんです。
現在の多言語対応
通訳対応
現在は、院内通訳のほかに、大阪府が実施している「大阪府24時間多言語遠隔医療通訳サービス」や有料の遠隔医療通訳、場面によっては医療専門ではない一般通訳、機械翻訳等も活用しており、非常に多数の言語に対応しています。
医療機関においては、医療通訳の費用を負担することが難しい場合も多いでしょう。とはいえ、患者さんから料金をいただくのも簡単ではありません。なぜなら医療通訳料金がかかると言うと、患者さんが費用負担を減らすために医療通訳の使用を拒否して、拙い日本語で対応する可能性が高まるからです。特に、保険診療である在住の外国人患者さんから、従来の費用に加えて医療通訳費をもらうことは難しいです。しかし、医療通訳を使わずに医療事故が起こった際は、医療機関が大きなリスクを背負うことになってしまいます。そのため、安全な医療を行うには医療通訳の介入は重要だと思います。大阪府が医療機関や調剤薬局向けに実施している多言語遠隔医療通訳サービスなどは、登録すれば無料で24時間利用でき他県の人からも羨ましがられるほどなので、もっと大いに活用すべきです。
通訳が必要な外国人患者さんの予定は全て国際診療科で把握しており、そのスケジュールをもとに通訳者の割り振りをおこなっています。週末夜間に来院した外国人患者さんの場合でも、専用のアンケートフォームに回答してもらうようにしており、情報を国際診療科に集約するようにしています。
その情報をもとに、毎朝国際診療科でその日に通訳が必要な患者さんを誰が対応するのか確認するようにしています。
通訳ツールの使い分け
また、通訳ツールの使い分けに関しては、ケースごとにどのように対応すればよいかを分かりやすく記したマニュアルを院内に配布しており、国際診療科が介入せずとも現場で必要な通訳ツールを選択できるようにしています。 患者さんが家族を通訳として連れてくることもありますが、家族の場合は医療用語を正確に訳せない場合があるので、基本的に当院が用意した医療通訳を利用してもらうようにしています。また、院内で用意した通訳を利用する全ての場合で、同意書を取るようにしています。 通訳ツールの使い分けが現場に浸透している背景には、もちろん慣れもありますが、3年ごとにJMIPの更新があることも大きいでしょう。更新の際には、病院全体で対応マニュアルを見直したり、各部署に協力を仰いだりするので、院内への周知が進むのだと思います。
資料は院内で翻訳し、電子カルテに保存
院内書類は、当院で翻訳した資料と厚生労働省が公開している資料の2種類を英語・中国語・スペイン語・ポルトガル語、一部韓国語やベトナム語で用意して電子カルテに載せ、必要時に各自がプリントアウトして使える状態にしています。 各科から要望があったものは、基本的に国際診療科がその資料のニーズの高さや重要度を確認し、翻訳するかどうか判断しています。 また、患者さんに渡す診断書などの有料の書類は、基本的に医療者が誰でも確認できるよう英語しか用意していません。ただし、英語・日本語ともに難しい患者さんに重要な説明書類等を渡す必要がある場合は、個別で翻訳するかどうか検討します。英語はもちろんスペイン語・ポルトガル語・中国語は院内で医療者チェックも含め作成できますので、翻訳を外部に頼むことはほとんどありません。
外国人患者さんの未収金の現状
未収金の課題
当院では医療費の回収を諦めずに様々な手を尽くしているので発生件数はとても少なく、直近2年では残金を現在回収中が2件だけです。ただし、一件は額が大きいケースで、長期の分割となると損害も大きくなります。未収金は、発生した後に、どれくらい努力して回収するのかは難しいところですよね。 また、海外送金になってしまうと、為替や手数料などの影響で、患者さんが送金した額と請求している額が合わないことがよく発生するんです。手数料は患者さん負担であることなどはアナウンスしていますが、なかなか上手くいかないのが現状です。
未収金の対策
当院では、ある程度医療費が大きくなってきたら、途中で一度精算してこれまでの医療費を払ってもらっています。患者さんが保険に加入している場合は、早めに保険会社に連絡して保険の対象範囲を確認し、退院までに入金出来ない場合は支払い保証書をいただくようにしています。さらに、予定入院の場合はデポジット(預かり金)をいただくというルールになっています。
そのほかの工夫としては、以前支払いを渋っていた方に対して、支払い出来なかった場合は日本への再入国ができなくなる可能性があると伝えることで、支払ったケースもありました。仕事などで日本に何度も訪れるような人に対しては、政府の医療費不払いに関する取り組み※を伝えることも有効です。
※厚生労働省|訪日外国人受診者医療費未払情報報告システム
厚生労働省では、出入国在留管理庁と連携して医療機関から一定額以上の医療費の不払いのある訪日外国人受診者の情報を収集し、出入国在留管理庁へ共有する仕組みの運用を令和3年5月10日より開始しています。医療費の不払い等の経歴がある訪日外国人の次回以降の入国審査を厳格化することで、不払いの発生抑止を目指しています。
引用:厚生労働省|【医療機関向け情報】訪日外国人受診者による医療費不払い防止のための支援資料の紹介及び不払い情報報告システムへの協力の御願いについて
自由診療の医療費の設定
元々は外国人患者さんの受入れには、院内の通訳者の雇用や育成・手配などにお金と時間がかかるので、自由診療は1点20円で計算するようにしていました。
その後、東京大学の先生が訪日外国人の自由診療の医療費の研究で当院に調査に来られたことがありました※。その調査データを見ると、外国人の方の診療には当院の場合、平均して1点25円は費用が掛かっていることが分かったんです。その結果を踏まえて、また他の医療機関と足並みをそろえる意味でも、1点30円に再設定しました。
※厚生労働行政推進調査事業『外国人患者の受入環境整備に関する研究』において、医療機関が訪日外国人に自由診療の提供を行う際の個別の診療価格設定に資するよう「訪日外国人の診療価格算定方法マニュアル」が作成されました。以下からご覧いただけます。
厚生労働省|訪日外国人の診療価格 算定方法マニュアル
外国人受け入れにおける地域連携の課題と取り組み
外国人患者さんの転院・紹介先がない
当院は急性期病院であり、長期間の入院を受入れられません。患者さんが慢性の病気の場合は他院を紹介しないといけないのですが、多言語対応ができないという理由で断られることが多くあります。 逆に、他の医療機関が、手術の説明が多言語で出来ないなどの理由で当院を紹介することも少なくありません。また、当院の外国人診療の評判を聞いて、軽症の外国人患者さんが来院することもあり、その場合は当院が近隣で受入れてくれる医療機関を探したりしています。 大阪府の遠隔医療通訳サービスを使うことで、府内のどの医療機関でも診れるはずなのですが、まだ使用している医療機関は少ないようです。現状では1医療機関の対応範囲を超えていますので、公的サービスの利活用の促進などが進み、外国人患者さんを受入れる医療機関が増えると良いと思います。
地域連携における取り組み
2025年には大阪万博が開催される予定ですが、万博に向けて当院として特別な準備をすることはありません。当院はある程度受入れ体制が整っていますので、あとは地域との連携が重要になるでしょう。
地域連携では、当院では広報誌や年報を作成しており、そこには国際診療科についても掲載されていて、近隣の医療機関に配布しています。
また、大阪万博を機に大阪府下の地域拠点の医療機関の集まりが開催され、コーディネーター同士の交流が生まれました。外国人患者さんの受入れにおいて、どのような問題が発生したのか、どのような対応が上手くいったのかなどの情報を交換できるようになり、それは良い傾向でしょう。
外国人患者さんの対応方法などを学びたい方が、当院に見学に来られることもよくあります。今後も見学を希望する方は、来ていただければと思います。
※インタビュー対象の方のご所属・肩書きはインタビュー実施当時のものです。
※各対象の体制等もインタビュー当時のものであり、現在と異なる場合がありますので、予めご理解ください。