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好事例インタビュー

国際都市横浜で年間1500件以上の多言語対応を実現 院内常駐通訳と遠隔通訳サービスの活用

神奈川県/ 横浜市立大学附属市民総合医療センター

インタビュー実施日:2022.11.2

2019年に市内の外国人人口が10万人を超え、全国の市町村区では大阪市に次いで、2番目となった神奈川県横浜市。これは海外からの企業誘致が進んでいることや留学生が増加していることが背景として挙げられます。同市は国際都市として、横浜市国際戦略の実現を目指し、多文化共生に力を入れているのが特徴です。 また横浜市は、外国人への総合的な情報提供・相談を行う拠点施設の開設による「多言語での相談対応」のほか、日本語学習支援、外国人への生活支援の拡充など、受入の環境整備を進めています。 そんな市内で中核を担う「横浜市立大学附属市民総合医療センター」の患者総合サポートセンターの患者サポート担当係長・看護師長の大久保さん、中国語医療通訳・松浦さん、外国人患者受入れ医療コーディネーター・森さん、事務担当・宮澤さんにお話を伺いました。

 

横浜市立大学附属市民総合医療センターとは
横浜市立大学附属市民総合医療センターは、726床を有する横浜市最大の病床規模を持つ総合病院。高度救命救急センター、総合周産期母子医療センター、小児総合医療センターなどを含めた10の疾患別センター及び25の専門診療科から構成される。大学附属の病院としての高度専門医療に加え、地域医療支援病院として、高度救命救急医療からプライマリ・ケアを含めた幅広い医療を行っているのが特徴。さらに、これからの医学、医療を担う人材の育成も行う。基本理念は、「市民の皆様に信頼され『地域医療最後の砦』となる病院を創造する」こと。他の医療機関等との連携と役割分担を進めながら、地域の中核病院として横浜市の医療の充実を目指している。

神奈川県/ 横浜市立大学附属 市民総合医療センター

お話を伺った患者総合サポートセンターの皆さん

 

国際都市横浜の中核を担う病院

年間で1500件以上の通訳対応

当院がある横浜市南区は、みなとみらい地区や横浜中華街に近い地域です。そのため、多くの外国人患者さんが来院されます。特に、横浜中華街から約2kmという距離にあるため、中国や台湾の方の来院が7割以上を占めています。それ以外にも、英語圏やヨーロッパの方の他、最近ではネパールや、ベトナム、フィリピンなど東南アジアの方も増えてきました。

通訳の対応が必要なケースは、年間で1500件以上。現場で難しいと感じるのは、どれくらいの日本語スキルがあるのかを把握しづらい点です。日本語が通じているなと思っていても、実はあまり理解できていないなど、意思疎通が図れていないことが結構あるんです。この辺りは、実際に関わってみないと分からないところです。

特に、病院のルールや仕組みを理解してもらうところには課題がありました。基本は紹介状をかかりつけ医療機関等から受け取り、予約をとって、診察や検査等をしてから治療に入るという流れになるんですが、「来てすぐに診てもらえる」という感覚で来院される方が結構いらっしゃるんです。また、大学病院のため、患者数が多いこともあり、待ち時間が生じてしまうことへのご理解をいただくことがなかなか難しいという部分も。窓口での対応で結構困ってしまうということがおきていました。

 

院内での多言語対応の仕組み

院内常駐通訳で「ここに来れば対応してもらえる」という安心感

現在、院内には中国語の通訳が一人常駐しています。「ここに来れば中国語の対応をしてもらえる」と地域の中でもそれが浸透してきて、ここを頼ってきてくださる方もいらっしゃるほどです。

患者対応をされる中国語医療通訳 松浦さん

通訳の常駐は2015年から行なっています。それまでは医療通訳の派遣事業をされている対面通訳のボランティア団体を主に活用をし、現在も提携しています。事前に通訳が必要ということがわかれば、団体に予約をして通訳をお願いすることができるという仕組みです。しかし、当日急に来院されるという場合も多く、結局は、その都度窓口で中国語や英語ができる人が対応するというような形に。窓口は毎日のように外国人患者さんの対応に追われており、院内通訳の必要性を痛感しました。

そこで、院内で外国語ができるボランティア通訳の募集を行い、リストを作成しました。「1回5分程度の患者対応にご協力いただける方は登録をお願いします」と呼びかけ、院内ボランティア制度を立ち上げたんです。 しかし、結果的にはあまりうまくいきませんでした。患者対応といっても5分では終わらないんですよね。初診の患者さんが来院されて、受付から診察まで入れると1〜2時間かかってしまう。「5分経ったから、ごめんなさい、元の仕事に戻ります」という訳にいかないんです。そうなると、部署からスタッフが一人抜けてしまうので、本来業務に支障が出てきてしまう。結局、院内ボランティアだけで賄うのは難しいということに気が付きました。

そこで、まずは最も対応の多い中国語の院内通訳は常駐とすることにしたんです。

 

 

コロナ禍で広まった遠隔通訳サービス

多言語については、タブレット端末を活用した遠隔通訳を活用しています。使いたい時にすぐに使えるので、特に突発的な対応に役立っています。

実は、導入当初はなかなか浸透しませんでした。「置いてありますよ。使ってください。」というアナウンスをしたとしても、なかなか使ってはもらえない。実際はそんなに難しい操作ではないのですが、端末を取りに行って、通訳さんと繋いで、「さぁ使いましょう」というところまでいくのに、実は結構ハードルがあると感じました。

院内でなるべく活用をしてもらえるように、最初のうちは、直接現場にタブレットを持っていって、立ち上げて、通訳さんに繋ぐまでを一緒に行いました。「便利だな」と一度感じてもらい、次回も使ってみようと思えるまでをお手伝いするイメージです。そういったことをコツコツと積み重ねていくうちに、段々と院内で浸透してきました。診療科によっては、毎日のように当たり前に使っているところもあります。

また、コロナ禍で、対面の通訳ボランティアを手配できなくなり、遠隔通訳の必要性が高まったのも、導入が進んだ一つの要因かもしれません。「本当に通訳さんがいなくて、どうしよう」と困ったタイミングで、遠隔通訳サービスを本格的に使っていこうという話になったんです。
最初は、遠隔通訳に馴染みがなく、「それって機械翻訳じゃないの」という不安の声もありました。実際使ってみると、患者さんからも「これすごく便利だね」と言ってもらえたり、医師からも「すぐに通訳してもらえるのは便利だしコロナ対策にもなるしいいんじゃないか」という意見もあったりして、院内に広まっていきました。

情報の共有が医師と患者両方の安心につながる

情報を整理して院内で共有をすることも一つ大事なポイントだと思っています。通訳が必要な患者さんについては、その旨をカルテに記載するほかリストを作成し、院内で誰もが確認できるように共有しています。そうすることによって、例えば看護師が患者さんの対応をするときに、通訳が必要な人かどうかを把握し、「遠隔通訳を希望しているんだな」というようなことが分かるようになっているんです。情報を共有することで、医師や看護師も安心して対応ができるし、患者さんの安心にもつながると感じています。

 

院内の掲示物にもひと工夫

多言語対応のデジタルサイネージ

その他には、院内の掲示物も工夫しています。多言語対応のデジタルサイネージの設置や院内の表示です。これまでは英語での表記のみだったのですが、中国語など多言語に対応できるようにしたり、そもそも言語ではなく直感的に情報を伝えることができるピクトグラムを活用したりと工夫をしています。

QRコードを活用し、翻訳版の資料も最新情報に

資料の翻訳化はどこの病院もされているかと思うんですけれど、さまざまな言語で資料を翻訳して印刷するとなると、日本語版がアップデートされた場合に全て作り直さなければならないという手間が出てきます。そこで、最近当院では、QRコードを活用しています。その都度印刷をし直す手間もなく、また、文字情報だけではなく、動画の形で説明ができるのも便利です。

院内通訳者が聞いた現場の声

患者さんがほっとした表情になる瞬間がうれしい

現在は1日4件くらいの患者さんを対応しています。患者総合サポートセンターを中心に仕組みが出来上がっているので、基本はとてもスムーズにできています。

ただ、中国語の通訳をする場面では、中国語ならではの難しさがあります。中国語にはたくさんの方言があり、二重通訳が必要な場面もあります。私は日本語と北京語を通訳するのですが、さらに患者さんとの間に家族の方に通訳に入ってもらうんです。実際、正しく通じているのかが分からないので、正直不安に思うこともあります。

一方で、患者さんがほっとした表情で帰られた時には、患者さんにスムーズに医療サービスを提供できたと実感できて私もすごくうれしいと感じますね。

他の病院に行って、なかなか納得のいくサービスを受けられなかったという方がいらっしゃることもあるのですが、当院で医療通訳が入ることで「とても良かった。今日やっと『ちゃんと診てもらえた』と感じました」と言ってもらえることがあるんです。そういう時に、「通訳をやっていて良かった」と思います。

国際都市横浜の医療のこれから

病院の中だけで完結させない仕組みを

横浜市は、多文化共生に力を入れているので、当院としても、国際化という視点はこれからも大事にしていきたいと思っています。中国語にかかわらず、さまざまな言語に対応し、どのような言語の患者さんが訪れてもスムーズに医療サービスが提供できるという体制を目指しています。一方で医療通訳を全て病院だけで実施するというのは現実的ではありません。そこで、医療通訳の派遣事業をされているボランティア団体や、遠隔医療通訳サービスを提供する民間業者の方と協力していく必要があると考えています。

JMIP(外国人患者受入れ医療機関認証制度)など外国人患者さんの受入れ体制等を審査・認証する制度もありますが、病院の中だけでやっていこうとすると維持していくのが厳しいという現状もあります。外国人患者さんの中には経済的に困っているケースも多いので、行政の方では、その辺りのサポートもしていただけると大変ありがたいと感じています。

 

本来受けられるべき医療を全ての人に

医療職って、患者さんつまりは人を相手にする仕事なんですよね。ですので、他者を理解するというコミュニケーションがとても大事だと思っています。コミュニケーションを取る上で言葉が大きな割合を占めている。言葉のせいで、本来受けられるべき医療が受けられなくなることがあってはいけないと強く思います。 そのためにも、地域全体として外国人患者さんを支えていく仕組みがやっぱり必要だなと思うんです。

当院で患者さんへの診療が完結するわけではありません。通院後の自宅での療養ということも視野に入れると、地域でも通訳ができる人材の活用などが必要になってくると考えています。当院の通訳に頼り続けなければならないとなると、遠くから通わなければならない患者さんも出てきてしまいますし、医療機能の分化・連携にも支障が生じてきます。周辺の医療機関にも協力いただきながら少しずつ環境の整備をしていくというのがこれからの課題です。