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好事例インタビュー

日本が誇る観光都市、札幌市と基幹病院の連携で24時間、外国人患者に対応

北海道/札幌市、医療法人徳洲会 札幌東徳洲会病院

インタビュー実施日:2020.11.10

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「都道府県魅力度ランキング」で2020年には12年間連続1位を達成した北海道。四季折々の景観が楽しめる豊かな自然と、海の幸を中心とする新鮮な食資源には、日本人ならずとも多くの人たちが惹きつけられています。そんな北海道の政治、経済、文化の中心地である札幌市を訪れる外国人の数は年々増加し、それにつれて、急病や事故などで市内の医療機関を受診する外国人の数も右肩上がりです。このような状況に対応すべく、2016年10月に札幌市保健福祉局保健所医療政策課と、市内でも有数の大規模医療機関である医療法人徳洲会 札幌東徳洲会病院が「外国人患者の受入に関する協定」を締結。ここに至る経緯や日頃の外国人患者受入れ体制について、札幌東徳洲会病院 救急センター 部長で国際医療支援室 室長の増井伸高さんを中心にお聞きしました。


医療法人徳洲会 札幌東徳洲会病院とは
「生命を安心して預けられる病院、健康と生活を守る病院」の理念のもと、年中無休、24時間オープンで診療を実践する医療法人徳洲会。札幌市東区にある札幌東徳洲会病院は1986年の開設以来、一貫して地域に根ざした医療を行い、特に救急医療に力を入れてきた。2018年には年間19万人の外来、9,000件以上の救急車の受入れ、約1万人の入院治療の実績を持つ、札幌市内でもトップクラスの基幹医療施設。


お話を聞いた、札幌東徳洲会病院 国際医療支援室 室長 増井伸高さん、事務責任者 西沢光明さん(左から)

外国人観光客へ向けた医療施策の1つとなる協定

外国人観光客の救急医療を担うさまざまな取り組みを実施

札幌市に外国人観光客が多いことは、全国的に知られているでしょう。2016年度の市内の外国人宿泊者数はおよそ209万人にも上ります。また、外国人居住者も年々増えてきていて、急な病気やケガの時の外国語でのコミュニケーションが市全体としての大きな課題になっていました。市の対策としては、札幌市保健福祉局保健所医療政策課が「救急安心センターさっぽろ」を運営し、24時間、日本語に加えて外国語での電話相談にも対応。消防局での119番にも外国語対応を取り入れ、救急隊でも救急隊用言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」を採用しています。

[札幌市における外国人宿泊者数]

[札幌市の外国人居住者数]


※住民基本台帳より

札幌市初となる「外国人患者の受入に関する協定」を締結

こうした市の取り組みの一環として2016年10月に、札幌市保健福祉局保健所医療政策課と当院との間で「外国人患者の受入に関する協定」を締結するに至りました。このような協定の締結は札幌市としては初めてのことです。協定の相手に当院が選ばれたのは、すでに多言語に対応しているという基盤があったからでしょうか。ほかにも、宗教や文化の違いにも配慮している点などを評価していただいたと聞いています。

協定の内容は、平日昼間だけではなく、市内で対応可能な病院が激減する夜間や休日に、当院が積極的に外国人患者の受入れを実施するというものです。協定の締結以前は、札幌市内で夜間の急患といえば、一般社団法人 札幌市医師会が運営している夜間急病センターに搬送されるのが一般的でしたが、やはり外国人患者が増えて対応しきれずに困っている状態でした。協定締結後は外国人患者を当院で優先的に受入れることで、夜間急病センターの業務が円滑に回るようになったそうです。当院にとってもより多くの患者を受入れるほど経営的には助かりますから、この協定によってまさにwin-winの関係が確立できたといえるでしょう。

外国人患者とのコミュニケーションを担う国際医療支援室

急増する外国人観光客のために国際医療支援室を開設

当院において外国人患者受入れ体制の整備が本格的に始まったのは、2013年、国際医療支援室の開設からです。それ以前は、医師や看護師の中に英語が話せる人が何人かいたので、英語で何とか対応していたような状態でした。当時の院長が、職員が外国人患者の対応に困っているのを見て、放ってはおけないと、通訳ができる体制を作ることを発案したのがスタートです。実は札幌は、年々増えているとはいっても、全人口に対する外国人市民数の割合は政令指定都市の中で一番低いんですよ。住民のためというよりは、旅行で札幌を訪れた訪日外国人の救急対応が一番のニーズでした。

国際医療支援室の開設当初は事務の職員3名がそれぞれ、ロシア語・スペイン語・ポルトガル語を担当していました。新千歳空港はロシア国内の各都市との国際線が通っているので、ロシア語のニーズが高いんですよ。これはほかの大きな都市にはない特徴かもしれませんね。その後、国の政策によって訪日外国人が増えるに連れて、当院を訪れる外国人患者も増えていきました。これに対応すべく国際医療支援室の職員も少しずつ増員し、現在では10人の職員が、ロシア語・スペイン語・ポルトガル語・英語・中国語・韓国語・インドネシア語に対応しています。

2015年からは、医療の質と患者の安全性を国際的に審査するJCI(Joint Commission International)、外国人が安心・安全に医療サービスを受けられる体制を整えている医療機関を認証するJMIP(Japan Medical Service Accreditation for International Patients)といった、外国人患者受入れに関係する認証を取得。これに加えて2016年に「外国人患者の受入に関する協定」を結んだことにより、当院の外国人受診者数は大きく伸びていきました。2020年のコロナ禍により海外渡航、来航が制限されてからは以前のような伸びはありませんが、再び平和な日常を取り戻して、札幌市にもたくさんの観光客が戻ってくることを切に願っています。

[外国人受診者数]

職員の医療通訳と通訳サービスで18言語に24時間対応

国際医療支援室には専任の医療通訳者がいるわけではなく、全員が医師、看護師、事務の職員という本来の仕事と兼任しています。元々外国語の会話が堪能だったとしても、医療通訳は日常会話の範囲を大きく超えたものです。事務の職員にとっては、日本語であっても意味がわからない医療用語がたくさんありますが、多数の外国人患者の通訳をこなす中で、少しずつ医療用語の知識を蓄えていっています。通常の業務を行いながらですから、なかなか大変ではありますが、みんながやりがいを持って取り組んでいるんですよ。

さらに、職員が対応できない言語や夜間、休日などは、タブレット端末による通訳や電話通訳、派遣通訳なども利用しています。これらの通訳サービスの利用を含めると、当院は18言語に24時間対応できるということになりますね。

中国、ロシア、アメリカが外国人受診者の国籍トップ3

外国人患者の国籍別で見ると、2014年度にはロシアが第1位でしたが、インバウンドの増加により2019年には中国が第1位に。そして、ベトナムやバングラデシュの居住者が増えたことにより、受診者も増えたことが目立っています。例年多くの患者が来られるサハリンでは、当院がロシア語に対応できるというクチコミが広まっていて、「サッポロヒガシトクシュウカイ」は知る人ぞ知る日本語なんだそうですよ(笑)。

通訳を使う件数が多いのは、入口としては救急診療です。札幌は地域柄、雪道での転倒事故で来られる人が多いので、救急を経てから、四肢外傷なら整形外科、頭をぶつけた人は脳外科に送られるケースが目立ちますね。

[2019年度 国籍別外国人患者数]


※外来・入院・人間ドック含む

[2014年度 国籍別外国人患者の割合]

[2019年度 国籍別外国人患者の割合]

通訳費は設けず、医療費を一律、被保険者の200%に設定

外国人患者受入れに関わる費用については、日本の健康保険を持っていない人は通常の医療費の200%に設定しています。特に通訳費というのは設けていないので、通訳を使ったか使わなかったかでは医療費は変わりません。通訳費を上乗せにすると、言葉が通じないのに「通訳は必要ない」という人が出てきて、逆に時間がかかってしまうことがあるため、一律の割合にしているんですよ。

国際医療支援室開設当初は、医療費の未収という問題がありました。とはいえ、当院では未収はとても少ないんですよ。その理由は、最初に医療費がいくらくらいかかるかを提示してから治療にあたるという方針のお陰だと思います。事務職員の努力のお陰ですね。今では未収はほとんどなくなりました。

周知徹底や文化、宗教への配慮も国際医療支援室の業務

外国人への周知徹底のためにパンフレットとカードを配布

当院が多くの外国語に対応していることをより多くの人に知ってもらうために、2019年にはホームページを英語・中国語・ロシア語対応にリニューアルしました。また、病院のパンフレットとカードを約4,000枚制作し、市内のホテルや観光案内所、商業施設、領事館など約70か所に置いてもらって、訪れた人が自由に持ち帰れるようにしています。今後は外国人居住者も対象にして、教育機関や官公庁にも協力を依頼していく予定です。


国際医療支援室の取り組みを紹介した日本語のパンフレット


ロシア語の病院カード

宗教上の食習慣や礼拝にも配慮し、入院生活を快適に

言語だけではなく、さまざまな国の文化や宗教にもできる限り対応できるよう努めています。食事においては、さまざまな食品をチェックリストにして、その食品を完全に除去すべきなのか、あるレベルまでは許されるのか、といった禁止のグレードまで細かく聞き取りを行うんですよ。イスラム教徒に対応した食事と一口に言っても、たとえば牛肉だと、宗教上の適切な処理が施されている肉ならいいとか、ブイヨンとして使うならいいとか、その人によって厳格さの度合いが違います。こうしたことに1つ1つ対応するのは、日本人で食物アレルギーがある人に対応するのと何ら変わりはありません。

また、当院には礼拝室も完備しています。1日5回の礼拝があるイスラム教徒に配慮して作っていますが、もちろんほかの宗教の人がお使いいただいても構いません。その人の個性の1つとして宗教があったり偏った食事があったりするわけなので、なるべく尊重し、入院生活をより快適に過ごしていただきたいと思っています。

海外渡航向けPCR検査の予約や英文の陰性証明書にも対応

それから、2020年のコロナ禍においては、8月下旬から始めた海外渡航向けPCR検査にあたって、国際医療支援室が予約や問い合わせに対応し、当院が検査を担当しています。主にビジネス出張を目的とした海外渡航にあたり、渡航先となる多くの国や地域が英文による新型コロナウイルス感染症の陰性証明書の提出を求めているため、これにも対応してきました。証明書には英語表記が必要なだけではなく、渡航先によって書式や有効期間などが異なるため、なかなか煩雑な業務です。

外国人患者受入れは観光都市に構える基幹病院としての務め

数人の外国人患者のために人件費をムダにするとは思わない

経営的には、人を雇うんだから当然、人件費がかかります。それを、たった数人の外国人患者のために使う余計な人件費と思うか、思わないかですよね。私たちはそれをムダとは思わずに、国際医療支援室で採用する人材は日本人に対しても外国人に対してもコミュニケーションが取れる貴重な戦力だと考えています。新入の職員にはフロント業務を半年ぐらいやってもらい、全体の流れを把握してもらいつつ、並行して国際医療支援室で、辞書を使って医療用語の勉強をしてもらう。ある程度知識がついたところで、国際臨床医学会(ICM)認定医療通訳士(R)試験や医療通訳技能検定試験といった認定試験を受けてもらうようにしています。

外国人にも日本人と同じように対応するという考え方が浸透

当院の外国人患者受入れへの取り組みは、コロナ禍は別として、概ねうまくいっているといえるでしょう。2013年のスタートからの積み重ねのお陰で、外国人患者にも日本人と同じように対応するという考え方が職員の間で当たり前になりつつあります。医療機関によっては、内心、外国人患者の受入れをなるべくしたくないというところも多いでしょう。確かに時間と手間がかかる仕事であることは間違いありません。東京の都心なら、外国人専用の病院を1つ作り、外国語が堪能で外国人患者の診療に熱い志を持った医師と看護師を集中させることで、ある程度問題の解決になるかもしれません。しかし、札幌市ではそうはいきません。外国語が不得意でも、もし志がなかったとしても、来る患者すべてに対応できなければならないし、そうすべきなんです。苦労はあっても、観光都市に構える基幹病院としての務めだと考えています。


国際医療支援室のみなさん「患者さんの多様性に日々向き合っています。」 

札幌市では医療通訳者の育成にも精力的に取り組む


お話を聞いた、札幌市総務局 国際部交流課 国際交流係長 北舘絢子さん

さまざまな立場の人に向けた医療通訳セミナーを開催

札幌市総務局 国際部交流課ではこれまで国際交流を中心とした取り組みを行ってきましたが、近年は市内の外国人居住者が増えてきたことを受け、多文化共生にも力を入れるようになりました。公益財団法人 札幌国際プラザと協力し、在住外国人支援の一貫として医療通訳者の育成にも取り組んでいます。

札幌市内では特定非営利活動法人 SEMIさっぽろやSCI(札幌中国語医療通訳グループ)、特定非営利活動法人 エスニコの会員など、英語と中国語の医療通訳者のみなさんがボランティアとして活躍。国際臨床医学会(ICM)認定医療通訳士(R) は2020 年に全国で76名誕生し、そのうちの8人はSEMIさっぽろの会員なんですよ。これらの医療通訳者たちのスキルアップを目的とした「医療通訳ボランティア勉強会」を、札幌国際プラザで2016年から継続的に開催しています。このほかに、医療従事者向けの簡単な英会話セミナーも開催。医療通訳者を介さなくても、外国人患者と英語である程度のコミュニケーションが取れるよう取り組んでいます。また、外国語が得意な一般市民向けに、医療通訳者を志してもらうための入門編のセミナーも開催しているんですよ。

将来的には医療通訳のシステムを地域全体で構築したい

医療通訳者や医療通訳を学びたいという医療従事者たちには本当に頭が下がります。外国人患者に少しでも安心してもらえるよう対応してあげたいという一心で学ばれているんですよね。通訳を依頼した外国人患者だけではなく、医療機関からも、「本当に来てくれて助かった」と感謝の声が絶えないとの報告を受けています。医療通訳者には求められるスキルが高く、責任も重いにもかかわらず、現状、完全なるボランティアで、みなさんの善意と熱意に助けられている状況です。将来的には、何とか少しでも報酬が出せる形になったらいいなと考えています。もっと医療通訳者の社会的地位が上がるよう、国家資格にするなど国からも働きかけをしていただければ、本当にありがたいですね。


北舘さんと札幌国際プラザのみなさん「医療通訳者に感謝しつつ、サポートに励んでいます」

※インタビュー対象の方のご所属・肩書きはインタビュー実施当時のものです。

※各対象の体制等もインタビュー当時のものであり、現在と異なる場合がありますので、予めご理解ください。