好事例インタビュー
家庭医療にとって通訳サービスは安心につながる欠かせないツール
静岡県/森町家庭医療クリニック
インタビュー実施日:2020.12.16
静岡県西部の中東遠地域に位置する周智郡森町は、政府により市町村の自主的合併が促された「平成の大合併」の動きにも飲まれず、単独の道を選択した町です。静岡県最大の都市である浜松市に面していながら、三方を山々に囲まれた風光明媚な環境にあり、古い町並みや風情が京都に似ていることから「遠州の小京都」と呼ばれています。この森町が運営する森町家庭医療クリニックは、それほど規模の大きくない町の施設でありながら、限られた予算の中で外国人患者受入れに力を注ぎ、実績を上げてきているとのこと。同クリニックの特徴や取り組みについて、研修コーディネーターの森田奈津子さんにお聞きしました。
森町家庭医療クリニックとは
1959年に開設された公立森町病院の姉妹施設として、2011年12月、森町家庭医療センター内に開院。センターには森町訪問看護ステーション、在宅医療支援室も併設されている。森町家庭医療クリニックはすべての診療科、すべての年代のかかりつけ医として医療を提供する「家庭医療」に特化したクリニック。「病だけでなく人も診よ。そしてその置かれている環境、背景、文化を知って医療を行え」を理念に、森町の文化を大切にした地域医療に貢献している。
お話を聞いた、研修コーディネーターの森田奈津子さん
社会的ニーズが高い家庭医療に取り組むクリニック
家庭医療に専門的に従事する家庭医を育てる目的で開設
当クリニックと開設者を同じくする公立森町病院は、1948年、周智郡農業会国保の直営である「周智病院」として開設されました。1958年に森町の町営となり、翌年に「公立森町病院」と改称しています。以来、徐々に規模を拡大しながら、地域に根付いたかかりつけ病院として町民の健康を支えてきました。そんな中、社会的に高まってきたのが、男女を問わず赤ちゃんからお年寄りまでのすべての年齢、そして頭からつま先までの全身に加えて心のケアまでトータルで行う「家庭医療」のニーズ。国や自治体はもちろん、メディアで取り上げられることによって国民の間にも、「家庭医療」「プライマリ・ケア」「総合診療」という言葉が浸透していきました。同院ではもともと家庭医療を行ってきましたが、家庭医療に専門的に従事する家庭医を育てる必要性を感じ、2011年に森町家庭医療クリニックを開設したんです。
公立森町病院の主な役割は、入院、救急、手術、検査、リハビリ。一方、森町家庭医療クリニックは内科、心療内科、外科、整形外科、小児科、産婦人科、皮膚科、精神科の8つの診療科を備えていて、ほとんどすべての疾患の診療を行います。特に重症の場合を除いて、まずは当クリニックで外来診療を受けていただき、その後、必要があれば公立森町病院へ引き継ぐようにしているんですよ。当クリニックを受診した患者への町民アンケートでは、「複数の病気を抱えていても、いくつもの診療科を回らなくて済む」「おじいちゃん、おばあちゃんから子どもまで、家族一緒に受診できる」といった満足度の高い声をたくさんいただいています。
患者さんの話をじっくり聞き、心身、環境、背景などを踏まえた診療を行う家庭医
「浜松医大総合診療プログラム」により、地域の医療連携が強化
家庭医の育成については、2010年、公立森町病院と近隣の市にある磐田市立総合病院、菊川市立総合病院が共同で協議会を立ち上げ、「静岡家庭医養成プログラム」を開始しました。キャッチフレーズは「子宮の中から天国まで」です。10余年が経過した現在では市立御前崎総合病院も加わり、浜松医科大学を基幹施設とした「浜松医科大学医学部附属病院 総合診療専門研修プログラム」に進化。専攻医は当クリニックをはじめとするプログラムの運営に携わる病院で研修を行う他、中東遠総合医療センターなど他の公立病院でも専門領域研修を実施しています。大学と地域の行政機関や公立病院が連携して運営していることが、このプログラムの大きな特色ですね。これまでにたくさんの家庭医を輩出していて、当クリニックの職員になった人もいるんですよ。
2次医療圏である中東遠地域のすべての公立病院が、このプログラムでつながっています。2次医療圏というのは、救急医療を含む一般的な入院治療が完結する地域医療の基本的な単位のこと。地域の医療の連携が進んだことは、当県にとって大きな意義を持つといえるでしょう。
研修医の学びを支えるレジデント室
利用料がかからないサービスで言語の問題を解消
外国人居住者をケアできずに、十分な家庭医療は提供できない
地域に根付いた家庭医療に欠かせないのが、外国人居住者に対するケアです。森町は田舎なので観光客として外国人が来ることはほとんどありませんが、田舎ならではの農業や食品工場を中心とした技能実習生がブラジルや東南アジア、中国などからたくさん来られていて、年々増加傾向が続いています。日本語も英語も話せない人が多く、受け入れる企業や農家もコミュニケーションに苦労されていました。
さらに苦労するのは、難しい用語が多い医療現場での会話です。当クリニックでは外国人患者が来ると、NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が提供しているスマートフォン用の多言語音声翻訳アプリ「VoiceTra(R) (ボイストラ)」の音声翻訳を使って対応していました。また、患者が所属している企業に通訳者がいる場合には同行してもらうように依頼。問診票は数か国の言語のものを用意してありますが、患者が書くのは日本語ではないので、Google翻訳で時間をかけて日本語に直していました。その作業のために、具合の悪い患者を必要以上に待たせてしまうことが心苦しかったです。
当クリニックは設立時から、診察に来た患者は断らないという方針を決めていたのに、これでは十分な医療が提供できません。かといって、医療通訳者を頼む予算が捻出できないという実状もありました。私自身、前の職場で外国人と接することが多かったこと、海外に留学していた際、医療機関を受診して困った経験をしたことから、今度は自分が外国人患者の力になりたいという気持ちが強かったんです。 何とかこの問題を解消できる方法がないかと、情報収集を心がけていました。
[静岡県の国籍別外国人居住者数の推移]
[森町の外国人居住者数の推移]
無料で使える通訳サービスを見つけ、早速利用を開始
そんな折、医師賠償責任保険でお世話になっている保険会社の担当者から、「医療通訳サービスのご案内」というリーフレットをもらったんです。医師賠償責任保険に加入している被保険者であれば無料で利用できる、専門的な遠隔医療通訳サービスの案内でした。電話回線で使える電話医療通訳と、スマートフォンやタブレットで アプリをダウンロードして使える機械翻訳があります。英語・中国語・韓国語・ポルトガル語・スペイン語・ベトナム語・タイ語・ ロシア語・タガログ語・フランス語・ヒンディー語・モンゴル語・ネパール語・インドネシア語・ペルシャ語・ミャンマー語・広東語の17言語に対応し、電話は8:30から24:00まで365日、機械は24時間対応。「これだ!」と思って、2020年7月1日のサービス開始からすぐに利用を開始しました。何より利用料がかからないというのが良かったですね(笑)。
ただ、この電話医療通訳サービスには年間20コールまでという上限が設けられているので、それを超えて利用したい時にはどうしようかと思っていました。当クリニックでのこれまでの外国人患者受入れ数から予想すると、20コールを超えることは明白でしたから……。すると同年10月から、今度は静岡県の事業として、電話医療通訳サービスが始まったんです。このサービスは前記のサービスと同様に17言語に対応していて、24時間利用でき、コール数の上限もありません。すぐに登録し、今ではこちらをメインで利用しているんですよ。電話医療通訳か機械翻訳かは、医師の判断で臨機応変に選んでもらっています。
小さな医療機関でも外国人患者に対応できるように
職員や患者から「通訳さんはありがたい」というたくさんの声が
職員には会議の時に何度か通訳サービスの利用方法を説明してきたので、しだいに使いこなせるようになってきました。大体、月に40人ぐらいの外国人患者が来て、電話医療通訳を利用するのは4、5回といったところですね。それ以外は患者本人が日本語が達者な人だったり、通訳者や日本語が話せる人が同席してくれたりして、事なきを得ています。最初の頃は電話がつながるまでの時間が読めずに患者を待たせてしまうことがありましたが、今では慣れてスムーズに利用できるようになりました。
また、最初は通訳者によって技量に差がないかと心配していましたが、登録している通訳者は医療職務経験者や医療通訳の資格所持者だけとのことで、心配にはおよびませんでした。保険会社のサービスも静岡県のサービスも、全国の医療機関や自治体、法人向けに外国人患者受入れ支援を行っている通訳会社が運営事務局を担っているので信頼できましたね。職員や外国人患者からは、「通訳さんはありがたい」という声がたくさん届いています。ただでさえ不安を抱えている患者が、自分の言葉が通じた時に安心した表情を見せてくれると、本当にこのサービスを取り入れて良かったと思います。
[森町家庭医療クリニック 通訳サービス利用記録(2020年9月~11月)]
サービスを使いこなすことで対応時間を短く、患者の満足度を高く
当クリニックの外国人患者への対応はまだ整備の途中ですが、先は明るいと考えています。現在は1台のタブレットで対応していますが、できれば何台か増やして、電話で予約を受ける時からスムーズに進めたいですね。クチコミで外国人患者の利用は増えてきているものの、居住者全体に向けての告知はまだできていないので、今後はその辺りが課題になるでしょう。外国人患者の中には予約を取らずに来る人が多いので、チラシなどのツールを作って、言語の問題は心配いらないこと、予約を取れば待たなくてもいいことを同時に広めたいとい思っています。
全国には当クリニックのようにクリニック、診療所であっても外国人患者が多い施設はたくさんあるでしょう。日本語ができる人よりは対応時間がかかり、職員への負担は大きくなりますが、日本人も外国人も大切な患者であることに変わりはありません。利用できる無料のサービスがあれば、当クリニックのように思い切って取り入れてみてはいかがでしょうか。サービスを使いこなすことで対応時間を短く、患者の満足度を高くしていけると思います。静岡県のサービスはこのまま継続していただきたいですし、全国の自治体でも、小さな医療機関が費用をかけずに外国人患者対応ができるようにしていけるとありがたいですね。すべての年代、すべての疾患に対応する家庭医療にとって通訳サービスは、職員と外国人患者の安心につながる欠かせないツールの1つです。
世界の動物たちが描かれる12の診察室の扉
※インタビュー対象の方のご所属・肩書きはインタビュー実施当時のものです。
※各対象の体制等もインタビュー当時のものであり、現在と異なる場合がありますので、予めご理解ください。