好事例インタビュー
医師や看護師などが兼任で国際部を発足 医療通訳タブレットで外国人患者数が右肩上がりに
東京都杉並区/立正佼成会附属佼成病院
インタビュー実施日:2020.1.14
東京23区の最西部に位置する杉並区。JR中央線、東京メトロ丸ノ内線が通り、新宿をはじめとする都心への交通の便がいいことから、住宅地として人気がある区です。在住外国人も多く、その数は東京23区で新宿区に次いで第2位。そんな杉並区における大規模な総合病院の1つである立正佼成会附属佼成病院では、院内の掲示物や手続書類などの多言語化、タブレット端末を使用した医療通訳の導入など、外国人患者への対応に積極的に取り組んでいます。国際部 副部長の久保雅史さんをはじめ、助産師の金子さん、医師事務作業補助者の水谷さんにお話を聞きました。
立正佼成会附属佼成病院とは
東京都杉並区に立地する立正佼成会附属佼成病院は、内科、外科をはじめ、産科、小児科、ホスピスも有する総合病院。「真観(しんかん)――正しくみて正しく手当する」を理念とし、あたたかい心が通う満足度の高い医療の提供を目指す。東京都の区域内および近隣県などで災害が発生した際に、拠点病院として必要な医療救護活動を行う「東京都災害拠点病院」にも指定。東京都三鷹市新川に本部を有する学校法人杏林学園の教育関連施設でもある。
お話を聞いた、国際部の部員である金子さん、久保さん、水谷さん(左から)
新宿区に次ぐ在住外国人の多さから対応を急ぐ
ネパール、ベトナム国籍の在住者が大きく伸びている杉並区
杉並区は在住外国人が東京23区で新宿区に次いで2番目に多いんですよ。中国・台湾国籍の在住者が圧倒的に多く、次いで韓国・朝鮮、ネパール、ベトナムとなっています。2018年の前年比伸び率が高いのはネパールとベトナム。その理由は、杉並区内にネパール人のためのインターナショナルスクールができたため、そこに通うネパール人の家族が移り住んできたことと、方南町駅にリトル・ベトナムといえるような、ベトナム人が多く住むエリアができたことです。
当院を訪れるパターンで多いのは、ネパール人は日本に3ヶ月以上住み保険証を持っていて、区の各種健診で来られるケース。本国では健診を受ける習慣がなく、当院で病気が見つかって治療を受ける人が多いですね。ベトナム人はお産のために当院に来た人がいて、「言葉が通じるから安心だ!」というクチコミが広まり、産婦人科からどんどん増えていきました。
[ 杉並内の外国人住民数の推移(2015~2018年)]
すぐにスタートするため、専任ではなく医師らの兼任で国際部を発足
杉並区の外国人住民数の伸びに比例して外国人患者への対応の重要性が増したことを背景に、東京オリンピックに向けた国際化を目指して、当院では2017年2月に国際部を発足しました。部員は医師、看護師、薬剤師、事務の兼任者8名で、部長は産婦人科の医師が務めています。部長はアメリカで生活していた英語に堪能な先生で、しかも産婦人科は当院の外国人患者数がもっとも多い診療科であるため、対策の必要性を一番感じていた立場でした。
専任者を設けなかった理由は、すぐにプロジェクトをスタートするため。英語が話せるスタッフは何名かいましたが、中国語、ネパール語とベトナム語の需要が増え、もう英語だけでは対応しきれなくなっていたので、とにかく走り出すことが急務でした。今思うと、専任者を設けなかったのは良かったのかもしれません。もちろん専任者がいる医療機関は、よりスピーディーに外国人患者に対応できると思いますが、人件費がかかる上に、その人に任せっきりになってほかのスタッフが自主的に動かなくなるという問題もあります。どちらがいいかは分かりませんが、当院の場合は各セクションからバランス良く部員が選出されたため比較的多くのスタッフの協力を得ることができ、兼務であっても準備期間は国際部の仕事を優先させてもらえたこともあって、取り組みは順調に進んでいきました。
国際部で決定した外国人患者対応の主な取り組みは大きく分けて、ホームページや院内の掲示物・手続書類などの多言語化、タブレット端末を使用した医療通訳の導入JMIP(外国人患者受入れ医療機関認証制度)の取得の3つです。
[診療科別外国人患者のべ人数(2019年1~9月)]
外国人患者へ手厚い診療を行うための3つの取り組み
杉並・中野エリアで初めてJMIP認証の医療機関に
JMIPとは「Japan Medical Service Accreditation for International Patients」の略称で、外国人患者の円滑な受け入れを推進する厚生労働省の事業の一環として創設された認証制度です。多言語による診療案内や異文化・宗教に配慮した対応など、医療機関の外国人患者受け入れに役立つ体制が第三者的に評価され、認証を得ることができます。
当院は2018年3月にJMIPの認証を、杉並・中野エリアで初めて取得しました。当院の母体は立正佼成会という在家仏教教団です。他者の幸せのために自分を捧げるという仏教精神を基本としているため、地域住民である外国人患者への対応をより手厚くしていくことも当院のあるべき姿だと考えています。この考えから、2017年10月にJMIP事務局より全職員への説明会が実施された時には82名という多くの職員が参加。比較的スムーズに事が運び、当院がエリア初のJMIP認証医療機関となりました。
ホームページや院内の掲示物・手続書類などを多言語化
国際部の取り組みとして、まず当院のホームページを日本語、英語、中国語、韓国語の4言語対応にしました。それから院内の表示は、遠くから見る壁面表示などは日本語、英語の2言語、近くで見る掲示物には中国語も加えて3言語に。病院理念、患者さんの権利、義務、個人情報については、掲示物のほかにプリントを用意し、多言語に対応できるようにしました。
手続書類については、実は杉並区の在住外国人数が多い順に中国語、韓国語、英語を用意したところ、スムーズに回らなかったんです。韓国人は日本にずっと住んでいる人が多く、外国人扱いする必要がないケースがほとんど。逆に杉並区で急増しているベトナム人は日本語も英語もまったくできないケースが多いため、当院の外国語の書類は中国語、英語に変更し、一部ベトナム語等の追加を検討中です。病院・入院・健診案内はネイティブチェックを行った書類を用意し、手術の同意書や説明書は翻訳後医療通訳者を介してメディカルチェックを行っています。
近くで見る掲示物は日本語、英語、中国語の3言語 | 個人情報に関するお知らせは、日本語の掲示物のほかに多言語のプリントを用意 | |
手続書類も複数の言語のものを用意 |
タブレット端末を用途によって使い分ける形で医療通訳を導入
国際部では、ベトナム人の例のように日本語も英語も得意ではない患者さんに対応するためには、医療通訳が必須だと考えていました。医療通訳者が常駐しているのが理想ではありますが、費用を抑えつつ、なるべく早くスタートできて多言語に対応可能なことを考えると、当院の場合はテレビ電話での医療通訳を取り入れるのがベストだという結論に。医療通訳機の臨床試験への参加や、各医療通訳サービス提供会社のサービス内容を比較検討した結果、厚生労働省の2017年度補助金事業「医療機関における外国人患者受入れ環境整備事業」の補助金を利用し、50%の当院負担でタブレット端末を使用した医療通訳を取り入れることにしました。
最初は2つのサービス会社のタブレット各1台を取り入れましたが、残念ながらスタッフの使い勝手が良くありませんでした。そこで、診察で使うのは17か国語が使えるサービス会社のタブレット、受付では早くつながることを優先し、医療通訳ではなく日常会話の通訳ができるタブレット、Wi-Fiがつながらない場所では携帯の電波を利用できるものと、用途によって使い分けるようにしたんです。さらに、最初はタブレットを全台1F初診A受付に置いたところ、各階の受付が忙しすぎて1階に取りに行くことが難しく、一番利用する頻度が高い産婦人科がある3階L受付と内科のある2階H受付に保管場所を分散しました。これに加えて、使い方の研修会は何度も行いましたし、サービス会社提供のマニュアルではなく、当院で使いやすいマニュアルを作り直してタブレットに添付するようにしたんです。このように、スタッフへの周知徹底や、よりスタッフが使いやすく改善していくことで、タブレットの存在は院内に徐々に浸透し、みんなが気軽に使うようになっていきました。
通訳費用については、2019年までは全部当院で負担していましたが、今後は通訳の必要があった場合、一律で外国人加算をさせて頂こうかと考えております。現在は産科の自費診療のみで開始致しました。外国人患者は日本人と比較して倍以上の診療時間がかかることがほとんどなので、患者さんに費用を負担してもらうことで医師や看護師の労働に対する対価を少しは賄え、患者さんへの診察へのモチベーションになればいいなと考えております。
久保さん「タブレットの機能比較表もマニュアルと一緒に添付しています」
地域を挙げた協力で幸せな生活が守れる
新たな施策を投入するたびに外国人患者の来院数が増加
当院の外国人外来患者は、国際部の取り組みとしてホームページや院内の掲示物・手続書類などの多言語化が始まった2017年4月はほんの数人の新患のみでした。それが、9月のJMIPプロジェクトキックオフ、2018年3月のJMIP認証、10月の携帯の電波を利用できるタブレットの導入、2019年4月のアジアの言語に強いタブレットの導入と、新たな施策を投入するたびに大きく増加。月に約200人を受け入れるまでになりました。特にタブレットを使用した医療通訳を導入した効果は高く、専属の通訳者がいなくてもここまでできるとは思ってもいなかったことです。 テレビ電話で言葉が通じる通訳者の顔を見て話せるのは、患者さんにとって大きな安心につながり、安堵の様子が確認できました。また、以前は英語が話せるスタッフが呼び出されて走り回ることが多かったので、そのような必要がなく、本来の仕事に専念できるようになったのもいいことですね。患者さんのためにもスタッフのためにもなりますし、当院全体としても適切な対応ができるということで、ワンランク成長できたと実感しています。
[外国籍外来患者のべ数(2017年4月~2019年9月)]
規約や了承事項の簡略化、17か国語以外への対応が課題
現在の課題としてはまず、タブレットを立ち上げてから個人情報保護などの規約や了承事項が表示され、実際に通訳が始まるまでに時間がかかってしまう点があります。もっと簡略化できる方法があるとありがたいですね。それから万が一、言った言わないという問題が起きた時には、ビデオ記録が残っている方が安心です。サービス会社によって記録が残るところと残らないところがあるので、このあたりも統一してもらえるといいなと思います。
また、これからはアフリカ、中東、東欧といった、現在の17か国語以外の言語の患者さんがどんどん増えると推測されているので、その場合の最低限の対応として、74言語の翻訳ができるデバイスの導入も検討中です。タブレットの医療通訳とは比べられませんが、日常会話が通じるだけでも違いますから。「言葉が通じない」と患者さんを追い返すようなことだけはないよう、しっかり対応できるようにしていきたいですね。
できることから始めてみるのが外国人患者対応への近道
全国的に、「ただでさえ忙しいのに、外国人の患者さんを診るのは大変だ」と、ついつい対応が後回しになっている医療機関が多いでしょう。しかし、1医療機関である当院が外国人患者への対応をいくらがんばっても限界があります。例えば、当院の産婦人科でお産をした場合、それで終わりではありません。子どもの健康と成長を守るためには最寄りの小児科の診療所や保健師さんといった、大小にかかわらずたくさんの医療機関、医療従事者の協力が不可欠です。地域を挙げて、みんなで外国人患者への対応力を高めていってこそ、幸せな生活が守れると思います。
これから外国人患者への対応を進めていく医療機関には、「最初から完璧を求めないことが大切」だと言いたいですね。当院のように、できることから始めてみることをおすすめします。どの言語が必要なのか、外国人患者は月に何人来ているのか、どの診療科を受診しているのか……。当院が失敗したように、住民数と必要言語が必ずしも合致していないなどという落とし穴があることも考えられるので、しっかりとデータを取って方針を決めることが大切です。そして、国や都道府県の補助金の対象にならないか、よく調べてみるといいでしょう。少しでも補助金があれば、導入への大きな後押しになりますよ。
※インタビュー対象の方のご所属・肩書きはインタビュー実施当時のものです。
※各対象の体制等もインタビュー当時のものであり、現在と異なる場合がありますので、予めご理解ください。