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好事例インタビュー

派遣医療通訳と機械翻訳の併用で地域住民にも頼りにされる外国人患者対応病院へ

佐賀県/地方独立行政法人 佐賀県医療センター好生館

インタビュー実施日:2020.1.22

 朝鮮半島までわずか約200キロメートルという近い距離にあり、古くから大陸文化の窓口として重要な役割を果たしてきた佐賀県。九州交通の中枢に位置するアクセスの利便性から、外国人観光客が多数訪れています。さらなる訪日観光客の呼び込みを図る佐賀県は、外国人が安心して医療を受けられる環境整備の先駆けとして、地方独立行政法人 佐賀県医療センター好生館へ協力を依頼しました。これを受けた好生館では、JMIP(外国人患者受入れ医療機関認証制度)を取得するとともに、派遣医療通訳と機械翻訳を併用することで、外国人患者への対応力の倍増に成功。この取り組みについて、ソーシャルワーカーの大西さん、白木さん、松田さんにお聞きしました。

 

地方独立行政法人 佐賀県医療センター好生館とは
佐賀市嘉瀬町にある好生館は、創設から180年あまりという日本屈指の歴史と伝統を持つ病院。1834年に第10代佐賀藩主、鍋島直正公により医学館・医学寮として創設された。1896年に佐賀県立病院好生館となり、2010年に地方独立行政法人へと移行。最新の医療を必要な人すべてに提供していくという理念のもと、地域の中心となる基幹病院として、高度・特殊医療、救急医療、一般医療などを行っている。


お話を聞いた、ソーシャルワーカーの大西さん、白木さん、松田さん(左から)

外国人の生活環境整備の一環として取り組みをスタート

県からの提案で準備を進め、2019年7月にJMIPを取得

 北は玄界灘、南は有明海に面し、広大な平野を有する豊かな自然に恵まれた佐賀県は、交通アクセスの良さから、九州観光の立ち寄り先として多くの訪日外国人に選ばれています。県では外国人観光客や県内在住外国人のために、公益財団法人 佐賀県国際交流協会が運営する佐賀県国際交流プラザに相談窓口を設け、医療通訳派遣、国際交流イベント、多言語ボランティア研修会などを行っているんですよ。また、県内の救急医療や医療機関の情報を発信する「佐賀県医療機関情報・救急医療情報システム『99さがネット』」では、対応できる言語別、診療科別に県内の病院を探すことができます。このように、県ではさらなる訪日観光客の呼び込みを図るとともに、在住外国人が安心して暮らせるよう、環境の整備を進めてきました。

その取り組みの1つとして外国人患者への対応を強化しようと、県から当館への提案により、JMIPの取得という目標が掲げられたんです。JMIP取得を目指した背景には、当館と同じような規模の医療機関から、外国人患者への対応について県にさまざまな相談が寄せられていたことがありました。地方独立行政法人である当館が率先して取り組むべきであるとの考えから、館内の案内表示の多言語化やマニュアル整備などを推進。2019年7月に、県内で初めて取得に至りました。

中国人観光客とバングラデシュ人留学生家族が多数受診

佐賀空港には中国や韓国への直行便があるため、当県を訪れた外国人観光客の国・地域別のトップは、2018年の統計によると、韓国、中国、台湾、香港の順です。これに加えて、大きな国立大学である佐賀大学の留学生数の国・地域別のトップは、2019年5月1日現在、中国、バングラデシュ、マレーシア、韓国、インドネシア、台湾の順になっています。これらの影響が大きいのか、当館の外国人受診者数のトップは、2017年度はバングラデシュ、中国、2018年度は中国、バングラデシュ。ほかにもさまざまな国と地域の人が受診し、2017年度は全部で25か国の患者が訪れています。

中国、韓国や英語圏の人なら私たちも馴染み深いですが、バングラデシュ、スリランカ、ネパールなどというと、言語への対応はもちろん、文化や宗教といったことも学び、しっかりと配慮できるようになる必要があります。その意味でも、JMIPの取得は当館において外国人患者受け入れ環境整備の大きな一歩になりました。

医療面、制度面の安心感から、当館で出産する人が多い

 外国人患者が多い診療科は、産婦人科と小児科です。外国人留学生のご主人に帯同してきた奥さんが妊娠するケースや、単身で留学に来ているご主人が、妊娠した奥さんを日本に呼んで、こちらで出産するケースが多いですね。自国より日本の方が医療面で充実している安心感があってのことだと思われます。


白木さん、松田さん「当館を頼って来られる外国人家族の不安を軽くしてあげたいですね」

派遣通訳と機械翻訳、それぞれのメリットがある

医療の専門講座で学んだ派遣医療通訳者を早期に導入

当館が派遣医療通訳を導入したのは、JMIPの取得よりずっと以前に国際交流協会から、医療や通訳の専門講座を修了した医療通訳者を県の支援により無償で派遣してもらっています。全国でも当県の医療通訳体制の整備は非常に早かったといえるでしょうね。医療通訳者を派遣してもらう時には、基本的に1週間前までに予約を入れて、事前に患者さんの情報を伝えておきます。この間に、医療通訳者は診療科や症状で特有の医療用語の事前学習をし、前任者からの引継ぎの経緯を確認するなど対応に不備がないように準備を整えるんですよ。今のところ医療通訳者の対応言語は英語と中国語がほとんどです。バングラデシュの公用語であるベンガル語やスリランカの公用語であるシンハラ語、タミル語は希少言語なので、対応できる医療通訳者がいないため、英語での対応になります。留学生は英語が堪能な人が多いので、ご主人を介して奥さんとのコミュニケーションを図ることもありますね。

当館を受診される外国人患者は産婦人科と小児科がメインなので、救急で対応することが多いのが目下の課題といえます。いざ出産となると、いつその時が来るかが読めないので、事前予約ができません。患者さんとしては、妊婦検診の時から付いてくれている医療通訳者にお願いしたいところですが、事前予約ができない以上、全てのニーズに確実に応えることは難しいんですよ。それから、医療通訳を利用した際の万が一のリスク対策としては、現時点では同意書を取るしかありません。これについても組織間でさらに体制を検討していきたいです。

17か国語に対応した機械翻訳を補助的に採用

医療通訳者の派遣が間に合わない場合や対応していない言語については、タブレット端末を使った機械翻訳を利用しています。厚生労働省の2017年度補助金事業「医療機関における外国人患者受入れ環境整備事業」の補助金を利用し、50%の負担で機械翻訳を取り入れることにしました。現在は4台のタブレット端末を、外国人患者の利用が多い産婦人科や救急科などに置いています。バングラデシュ人やスリランカ人に対しては、派遣医療通訳者の場合は英語対応ですが、機械翻訳なら公用語での通訳が可能です。
運用費用については2年目からは補助金がありませんが、今のところ当館が負担して、患者さんからはいただいていません。外国人でも日本人の患者さんとまったく同じ医療費ということですね。

片方だけより併用した方が円滑なコミュニケーションが可能

 現時点で、当館の外国人患者対応は成功しているといっていいでしょう。派遣医療通訳と機械翻訳を併用することによって、片方だけの場合より円滑なコミュニケーションが可能だと感じています。たとえば「お熱がありますね」といった単純な話をする時には機械翻訳の方が手軽で便利です。一方、病状の説明や検査結果の説明などの重要な場面では、やはり機械翻訳ではなく医療通訳者にサポートしてもらった方が、患者さんの安心感が違います。

医師や看護師にとっても、医療通訳者にいてもらえることも心強いですし、予約が間に合わなくても機械翻訳が使えるという「第二の手段」があるのは便利だという声が挙がっているんですよ。

専任者なしでもうまくいく鍵は、情報をしっかり共有すること

医療費未払いや宗教ごとの食事の違いなどが今後の課題

当館では各セクションに外国人患者対応の担当者がいて、担当者レベルでは一生懸命取り組んでいますが、大きな組織なので、全館への周知徹底はまだまだこれから取り組んでいかなければなりませんね。

また、以前は外国人患者の医療費未払いがゼロでしたが、先日、とうとう未払いが発生してしまいました。救急患者で来た外国人観光客が、様々な事情により、医療費全額を支払うことができないまま帰国されました。外国人患者が増えるとこうしたトラブルも多くなることを自覚して、対応の仕方を工夫しなければなりません。それから、手続書類や説明書などは現在、英語のものしか準備ができていないので、少なくとも患者さんの多い中国語の書類は整備する必要があると感じています。

それから宗教的なことでは、当県にはハラール料理を提供している業者がどこにもないので、管理栄養部が食事の対応に苦戦しています。同じ宗教であっても捉え方が個々に違うようで、対応できる部分は管理栄養部で提供して、どうしてもそれではダメだという人については食事を持参していただくしかありません。イスラム教徒が絶食を行うラマダンの時も、特に妊婦さんだと助産師一同、大変心配しますが、ご本人のお考えを尊重するしかないんですね。そこで、管理栄養部は宗教や禁忌食材に関して、患者・家族への聞き取りや当館で対応できることについての説明を綿密に行い、可能な限り外国人患者の対応に力を注いでいます。イスラム教やヒンズー教のお祈りの時間についても、空いている病棟の面談室を提供するなど、臨機応変に対応しています。

外部機関の研修に積極的に参加し、情報を共有、蓄積、更新

当館のように外国人患者対応の専任者がいない医療機関では、各セクションの担当者や取りまとめるリーダーが変わる際に、どれだけうまく引き継げるかによってこの取り組みの成長が違ってきます。私、大西がリーダーの3代目、白木が4代目で現職です。引き継ぎを行った経験から、前任者の知識や経験を伝えることはとても大事だと実感しました。それから、最初は何も分からない状況なので、まずは積極的に外部機関の研修に行き、外国人患者受け入れの現状はどうなっているのか、課題は何か、今後増えていくのはどこの国籍の人なのかなどを学んで、視野を広げるようにすることが肝心です。研修で得た情報をみんなで共有し、どんどん蓄積、更新していけば、それぞれの担当者が通常業務をこなしながら外国人患者対応の業務も両立していけます。

今後の希望としては、すぐに叶うことではありませんが、この取り組みに国からまた補助金が出たらありがたいですね。やはりみなさんの声というのは影響が大きいので、たくさんの医療機関や患者さんからこうした希望が集まれば、国も補助金の支給を検討してくれると思います。

先日、佐賀市内のホテルから、「体調が悪い中国人の宿泊客がいるんですが……」とご相談の電話がかかってきました。ホテル近くの病院ではなく当館にかけてこられたということは、当館が外国人患者対応に力を入れてることが、医療機関だけではなくホテルの従業員たちにも知られているからに違いありません。地域のみなさんに頼りにされていると思うと、やりがいを感じるとともに身が引き締まる思いですね。