好事例インタビュー
「外国人患者で困ったら藤田に行け」 地域住民の頼りになる存在であり続けたい
愛知県/藤田医科大学病院
インタビュー実施日:2020.12.4
愛知県豊明市は名古屋市近郊にありながら、緑あふれる快適な居住環境を備えた住宅都市として発展してきました。織田信長が奇襲により今川義元を打ち破った「桶狭間の戦い」があった地としても知られ、古くからの歴史も息づいています。現在では約3,000人の外国人が生活していて、市の総人口に占める割合は約4%と、県内でも高い数値。さまざまな文化を持った人たちが快適に暮らせる社会作りが求められる中、市は2007年に「豊明市多文化共生推進計画」を策定し、本格的に取り組みを始めました。多文化共生に欠かせないものの1つが、外国人患者に対する医療体制。月間のべ670名もの外国人患者の来院がある藤田医科大学病院は、外国人患者に第一線で対応する医療機関です。当院の取り組みについて、事務部 企画広報室 室長の中井英貴さん、主任の内田小飛さんにお聞きしました。
藤田医科大学病院とは
愛知県豊明市に所在する藤田医科大学の大学病院として、1973年に開設。単一の病院の病床数としては国内最多を誇る。基幹災害医療センターとして愛知県の災害医療における拠点の役割を果たすとともに、特定機能病院や地域がん診療連携拠点病院などの機能も有する。救急医療は元より、手術支援ロボット、リハビリロボットなどの最先端技術も導入している。
外国人患者の増加に伴い、言語の問題が深刻化
大学病院でありながら、出生から看取りまで幅広い医療を提供
当院の一番の特徴として知られているのは、やはり国内最多である1,435の病床(2021年 2月時点)を有することだと思います。2018年度のデータでは、1日ののべ外来患者数は3,194人、年間の救急車受入れ台数は9,658件、年間の救急のべ外来患者数は26,991人です。名古屋市をはじめ、近隣の市町から当院に救急車が来ることも少なくないんですよ。
このように規模の大きな病院であることには間違いありませんが、もう1つの側面として、豊明市には市立病院がないため、当院は大学病院でありながら市立病院の役割も果たしているという大きな特徴があります。大学病院の務めといえば一般的に、医療人の育成、新しい医療技術の研究、高度な医療の提供、この3つが柱。ですが、当院の場合は紹介状を持たずに飛び込みでやってきた患者を断ることはしないため、高度な医療だけではなく、一般的な医療も提供しているんです。総合周産期母子医療センターから、末期がんをはじめとする患者への緩和医療科までを備え、出生から看取りまで幅広く診ているのは、日本ではあまりない大学病院だと言えるでしょう。
外国人居住者の増加と医療ツーリズムの発展が背景に
そんな当院が外国人患者受入れ体制の整備を進めてきた理由には、豊明市に住む外国人が年々増えてきていることと、医療サービスを受けるためのいわゆる「医療ツーリズム」で当院を訪れる外国人が増加したことの2つが挙げられます。当市は観光地ではないので、観光を目的とした訪日外国人はとても少ないんですよ。当院が抱えている課題は、関東や関西をはじめとする観光地の医療機関とは全く違うと思います。
まず、外国人在住者が多いことについては、当市では大手自動車メーカーの工場で働く外国人が多く生活していて、特にブラジル人の比率が高いのが特色です。古くからある団地にもブラジル人家族がたくさん居住しているんですよ。愛知県全体でも当市でも、外国人居住者の人口が一番多い国籍はブラジルですが、県全体ではブラジル人が外国人居住者全体の22.8%であるのに対して、当市では35.6%にも上ります。
そして医療ツーリズムの発展については、政府が推進するインバウンド事業により、当院を訪れる外国人、特に富裕層の中国人が一気に伸びてきました。職員の中には英語が話せる者はチラホラいますが、ブラジル人や中国人といった英語圏以外の患者に対応するために、言語の問題をなるべく早く解決する必要がありました。
[豊明市の外国人居住者数の推移]
[国籍(出身地)別外国人住民数]
JMIP、JCIなどの認定を受け、受入れ体制を加速
2014年、厚労省より外国人患者受入れ拠点病院に選定
当院が外国人患者受入れ体制の整備を始めたのは前任者の時代で、当初はとても苦労しただろうと思います。まずは環境を整えなければならないということで、厚生労働省の2014年度の「医療機関における外国人患者受入れ環境整備事業」に立候補し、拠点病院に選定されました。これは2020年に実施予定だった東京オリンピック・パラリンピックによる訪日外国人の増加に備えた政策です。選ばれた医療機関が医療通訳の育成と配置を促進するモデル拠点となり、外国人患者が日本の医療機関を安心して受診できるように体制を整えることを目的としたものでした。この時に選定された医療機関は全国で10か所で、中部地方では当院だけだったんですよ。
この事業により、当院のWebサイトでは日本語に加えて英語版・中国語版を提供するとともに、院内の案内表示に日本語・英語・中国語を並記するようになりました。一部の問診票は外国語に対応しています。また、ブラジル人居住者が多いという地域性を踏まえ、ポルトガル語・スペイン語の専属通訳者を配置しました。
国際基準を満たした病院であることを証明する認証を取得
この流れを受け、次は外国人患者受入れに関係する各種の認証取得に取り組みました。2014年10月には、一般財団法人日本医療教育財団によるJMIP(外国人患者受入れ医療機関認証制度)を受審し、認定。これは、外国人が安心・安全に医療サービスを享受できる体制が整備されているかが「受入れ対応」 「患者サービス」 「医療提供の運営」 「組織体制と管理」 「改善に向けた取り組み」の5つの観点から評価されるものです。
そして2016年9月には、渡航受診者を受入れる医療機関として、診断や治療などの内容と実績を評価され、MEJ(一般社団法人Medical Excellnce JAPAN)より、「ジャパン インターナショナル ホスピタルズ」推奨病院の1つに選定されました。さらに2018年8月には、JCI(Joint Commission International)アカデミック・メディカルセンター病院(Academic Medical Center Hospital)プログラムの認証を取得。JCIというのは第三者の視点から医療施設を評価する国際非営利団体で、認定基準を満たすことにより、国際基準の医療の質、患者安全を担保した医療施設であることが認められます。
こうした認証取得への取り組みは、なにも外国人患者を増やしたいからやっているわけではありません。外国人患者が増えたなら、それにしっかり対応していくというのは、創立以来受け継がれてきた患者第一主義の精神、そして現院長が掲げる「優しさ」と「先進の医療」というキーワードに則っただけのことです。私たちがこれまで受け継いできた精神をもとに、より国際的な基準に沿った形に改善し、その上で評価してもらうことが認証取得の目的なんですよ。
医療通訳とさまざまなツールを状況に応じて使い分け
常駐の医療通訳と「あいち医療通訳システム」の派遣通訳を利用
現在では、2018年の新B棟の完成をきっかけに、受付周りの案内板などの表示を以前からの日本語・英語・中国語にポルトガル語・スペイン語 を加えて5言語に増やしました。院内にはポルトガル語とスペイン語のどちらも話せる通訳者が1人常駐しています。多い時には月に70件ほど対応しているんですよ。あとは職員の中にも英語や中国語が話せるものが何人かいるので、リスト化して情報を共有し、必要な時にスムーズに対応できるようにしています。今では人事でも、2か国語が話せる看護師を積極的に採用しようという方針が打ち出されているんですよ。
他にも、当院は愛知県が提供する「あいち医療通訳システム」に登録していて、入院や手術など重要な説明が必要な時には予約を入れて医療通訳者を派遣してもらっています。当院では現状、それほど幅広い言語を必要とはしていませんが、あいち医療通訳システムでは英語・中国語・ポルトガル語・スペイン語・フィリピン語・ベトナム語・タイ語・インドネシア語・ネパール語・マレー語・アラビア語・韓国・朝鮮語・ミャンマー語・モンゴル語の14言語に対応しているので心強いですね。あいち医療通訳システムで医療通訳者の派遣を使った場合の費用は、患者と当院で半々の負担としています。
映像式のタブレット通訳や音声翻訳などのツールも常備
また、当院では大手通信会社が提供するタブレット通訳アプリも導入しています。通訳オペレーターによる映像式の通訳アプリ「みえる通訳」と、タッチ式の多言語シートアプリ「さわって通訳」。医療通訳ではありませんが、10か国語に対応したリアルタイムな映像通訳なので、常駐通訳者や職員が対応できない場合や受付での対応に助かります。みえる通訳の利用頻度は月に10回ほどです。また、世界31の言語に対応した、NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が提供するスマートフォン用の多言語音声翻訳アプリ「VoiceTra(R)(ボイストラ)」も導入していて、6台あるので入院患者などに気軽に使ってもらっています。医療通訳専門ではないものの、デジタル医学事典「MSDマニュアル」の10言語のデータを取り込んだAI音声翻訳なので、医療用語でも翻訳精度は高いんですよ。これらのアプリは1か月ごとの定額制で、当院が費用を負担し、患者は無料で使用できるようにしています。
導入当初は、このようなツールを使うのに抵抗がある医師が少なくありませんでした。本当に正しく翻訳されるのかや、医療の世界でこのようなツールに頼っていいのか、といった葛藤があったんだと思います。しかし、一度一緒に使ってみると、その便利さを共感してくれる医師が多く、みんな臨機応変にツールを利用し、しだいに業務をスムーズに進められるようになっていきました。通訳者やツールの使い分けは、外国人患者が来院した際に、状況に応じて必要なものを選んで利用しています。
2018年、医療ツーリズムに特化した「国際医療センター」を開設
2018年には当院の病棟内に、医療ツーリズムに専門的に対応する健診施設「国際医療センター」を開設しました。最先端の検査機器を用いて高精度な健診を行い、豊富な経験と知識、高い技術を持つ当院の医師が正確かつ多角的に評価。専門的な医療が必要という評価になった場合には適した診療科につなぎ、速やかに治療をスタートさせます。国際医療センターにはさまざまな宗教に対応できるよう、祈禱室も設けました。当院の立地は決して交通の便がいいわけではありませんが、インバウンドの人たちは当院の設備や技術を求めて、わざわざ時間をかけて来てくださるんですよ。
藤田医科大学の大学院に医療通訳者を養成するコースがあり、そこを出た職員が国際医療センターに就職して、医療通訳やアテンドの仕事をしています。教育機関の側面もある大学病院ならではの連携ですね。通常診療で国際医療センターの職員に中国語の通訳をお願いして、手伝ってもらうこともあります。
2020年のコロナ禍でも外国人患者を積極的に受入れ
2020年、日本における新型コロナウイルス感染の発端となったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。4,000人近い乗客・乗員の間で感染が急速に広がり、横浜港に停泊して検疫が行われました。検疫が済んだ患者たちを最初に受入れたのが当院です。ほとんどの患者が外国人で、しかも通常時に当院を受診する外国人とは違う国籍の人が多かったので、タブレットを追加で何十台か手配して対応に追われました。
また、クルーズ船ではないですが、イスラム圏の一家が新型コロナウイルス感染症にかかって入院したいものの、そもそもハラル食の対応ができる医療機関がない、と困っていたんです。「このケースに対応できるのは藤田しかない」ということで、県から要請があり、一家丸ごと受入れました。当院は断るなんてことは絶対しないので、断ったらクビになると思い(笑)、職員と相談してスピーディーに受入れ環境を整えたんですよ。
そして最近のことですが、新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業の補助金の申請が通り、これを利用して「POCKETALK(ポケトーク)」を新たに導入しました。61言語で音声とテキストに、21言語でテキストのみに翻訳できるAI通訳機です。まだ実際に使用する前の段階ですが、コロナの疑いがある患者は入口で仕分けることがもっとも大切なので、救急外来や総合案内などで使用する予定にしています。診療の現場で使うのは難しいものの、日常の受付レベルの会話であればポケトークで十分対応できるでしょう。
現時点の「ある程度の成功」ではまだまだ不十分
外国人居住者への周知徹底、地域の医療機関との連携が課題
現時点で、当院における外国人患者対応はある程度成功していると言えると思います。しかし、まだまだ不十分ですね。特にツール類の効率的な利用をもっと職員へ浸透させる必要があるでしょう。患者に対しては、本来なら診療所やクリニックといった地域の医療機関を受診して、紹介状をもらった上で大学病院に来るべきなのですが、外国人の中には地域の医療機関と同じ感覚で来られる人が結構います。その原因は今現在、外国人居住者に向けた案内が当院のホームページだけで、他にはブラジル人のコミュニティでクチコミで広がっているくらいだという、周知徹底の不足です。もっと積極的に、当院なら言葉が通じることと、正しい受診の仕方を伝えていかなければなりませんね。同時に、地域の医療機関でももっと外国人患者を受入れられる環境作り、そして地域の医療機関から当院への太いパイプ作りが必要だと思います。
パイプ作りのための当院の取り組みとしては、2016年に地域の医療機関と当院をつなぐ「藤田あんしんネットワーク」を立ち上げました。会員である医療機関向けに、24時間体制で相談を受け付けるとともに、不定期で研修を開催しています。また、当院は愛知県下14の市区町にある30の医療機関や介護施設が参加する、地域医療連携推進法人※「尾三会」の一員です。地域住民が途切れることなく継続的に適切な医療・介護サービスを利用できる体制を確保するため、連携強化を進めています。 ※地域医療連携推進法人・・・地域において良質かつ適切な医療を効率的に提供するため、病院等に係る業務の連携を推進するための方針(医療連携推進方針)を定め、医療連携推進業務を行う一般社団法人を都道府県知事が認定(医療連携推進認定)する制度
外国人が日本人と同じ治療を受けられる環境をいかに作るか
当院のケースはなかなか特殊で、他の都道府県や医療機関の手本になるかどうかはわかりません。外国人居住者が多い、観光客が多い、医療ツーリズムが多い……といった地域柄や特性に合わせて、外国人だったらどんなことに困るんだろう、と考えて対処していく。通訳者を雇用するのがいいのか、どんなツールを使うのがいいのか、と1つ1つ検討していくことが大切だと思います。要は外国人が日本人と同じ治療を受けられる環境をいかに作るかということですね。当院においても、自分たちが想像でこうだろう、と思うことと、実際に外国人が困っていることにはズレがある場合もあるので、このズレをなくすために、今後もアンケートをはじめとする調査を実施していくつもりです。
愛知県内では医療機関だけではなく地域住民に至るまで、「外国人患者で困ったら藤田に行け」と言われているようです(笑)。このように地域住民から頼られる存在であることは当院の誇りだといえるでしょう。これからも患者第一主義の精神で、日本人、外国人に関係なく、適切な医療を提供していきたいと考えています。
※インタビュー対象の方のご所属・肩書きはインタビュー実施当時のものです。
※各対象の体制等もインタビュー当時のものであり、現在と異なる場合がありますので、予めご理解ください。