好事例インタビュー
「ものづくり」の福山市で学ぶ多くの実習生が安心して受診できる受入れ体制を目指して
広島県/福山医療センター
インタビュー実施日:2021.9.9
広島県の最南東に位置し、岡山県と隣接している福山市は、広島市に次いで県内第2位の人口約46万人を誇る中核都市です。かつて福山市を含む広島県東部は岡山県西部などと併せて「備後国(びんごのくに)」と呼ばれていたことから、福山市は歴史的にも地理的にも岡山県と深い結び付きを持っています。JR福山駅は山陽新幹線のぞみが停車する交通の便の良さから多くの観光客が訪れ、人気スポットも満載。さらに「ものづくり」も盛んで、世界規模の鉄鋼・造船企業を抱える重工業都市であるとともに、繊維産業においても有名企業を多数輩出しています。外国人に関しては特にベトナムからの技能実習生が多いという福山市。地域の中核病院として住民の健康を支える独立行政法人 国立病院機構 福山医療センターの消化器内科医長・国際支援部部長である堀井城一朗さんと国際支援部の皆さんにお話を聞きました。
福山医療センターとは
1908年、福山衛戊病院として創立され、110年あまりの歴史を誇る。福山市、府中市、尾道市、三原市の広島県域だけではなく、隣接する岡山県西部の井原市、笠岡市も含めた人口約80万人が対象となる地域の中核病院。国指定地域がん診療連携拠点病院、地域周産期母子医療センタ-、エイズ治療中核拠点病院などさまざまな拠点・指定病院に認定されている。地域における2次救急医療を行う機関であるとともに、福山市が定めた「2.5次救急医療施設」として、2次救急と3次救急の隙間を埋める存在でもある。
お話を聞いた、消化器内科医長・国際支援部部長 堀井城一朗さん
ベトナム人技能実習生が多い地域の中核病院
「ものづくり」を学ぶベトナム人技能実習生が多く居住
福山市には多くの観光客が訪れ、市のシンボルである福山城、アニメ『崖の上のポニョ』の舞台のモデルになったといわれる鞆の浦、県内唯一の総合レジャー施設「みろくの里」などの観光スポットが賑わいを見せています。外国人については観光客よりも居住者の多さが目立ち、広島県内では広島市に次いで第2位の外国人居住者数を誇る福山市。国籍・地域別の在留外国人数では、2020年 12月末現在、全国のトップ5は中国、韓国・朝鮮、ベトナム、フィリピン、ブラジル(出入国在留管理庁統計より)であるのに対して、福山市はベトナム、中国、フィリピン、韓国・朝鮮、ブラジルの順になっています。特にベトナム人が全外国人の35%と、多数を占めていることが何よりの特徴です。ここ数年、順位の入れ替わりはなく、ベトナム人居住者は10年間で約9倍に増加しています。2019年12月から始まったコロナ禍においても、他の国籍の人はおおむね減っているのに対して、ベトナム人は少しずつながらも、毎年数が増えているんですよ。
[福山市内に暮らす外国人市民の数]
※福山市HPより
[福山市内に暮らす外国人市民の数の推移(上位5か国)]
※福山市ホームページ内「福山市の統計」より集計
ベトナム人が多い背景には、福山市の「ものづくり」の技術があります。鉄鋼・造船といった重工業や繊維産業が盛んなので、技術を学びたいというベトナムからの技能実習生やその家族がたくさん来ているんですね。また、日本語学校の学生もベトナム人が大半だと聞いています。当然ながら居住者数に比例して医療機関を利用する人も増えていくので、福山医療センターにおいてもベトナム人の来院が多いことが数年前から大きな課題になっていました。
重篤患者にも対応する2.5次救急医療を行う福山医療センター
当院は福山市を中心とする広島県域と、隣接する岡山県西部域を含めた人口約80万人の2次救急医療を担う機関です。さらに産科の3次救急指定病院でもあり、2018年度からは福山市に「2.5次救急医療施設」として位置付けられています。2次救急は入院治療や手術を必要とする重症患者に救急医療を行う機関で、3次救急は2次救急まででは対応できない重篤な患者に救急医療を行う機関。当院は2次救急以上の機能を備えており、また救急患者受け入れ困難事例の回避のための空床確保病院として、一般的な2次救急指定病院で受入れが困難な重篤患者にも対応が可能です。このことから「2.5次救急医療施設」に認定されました。
また、当院では「がん診療部」「患者支援センター」「国際支援部」などの16の部と24のセンターを設置して、診療科の垣根を越えた病院機能の充実を図っています。「患者支援センター」は患者の入退院をサポートする機能を持ち、その下部組織として私たちは「パスポート(PASPORT=”患者入院支援・周術期管理チーム”の略称)」と愛称を付けて運用し入退院をサポート、また、医療連携支援センターは院内だけではなく地域の医療機関や事業所との連携を大切にし、患者さんとの「かけはし」になるべく業務を行っているんですよ。また、私が部長を務める「国際支援部」は、外国人患者の受入れ体制を充実させるためにさまざまな取り組みを行っています。
医療のグローバル化を見据えて発足された国際支援部
さまざまな部署と連携するため、各署から人材を招集
国際支援部が発足されたのは2017年4月です。それまでの当院の外国人患者対応は現場のスタッフに一任されている状況でした。ベトナム人居住者の増加により受入れ体制整備へのニーズが高まってきたことを受け、先代の院長の発案で発足されたのが国際支援部。今後進んでいく医療のグローバル化に対応するために、国際的な医療活動を支援する部門です。さまざまな部署と連携するため、国際支援部のメンバーは各部署にお願いして人材を集めました。メンバーの職種は医師が私1人、看護師が5人、薬剤師が2人、放射線技師が2人、臨床検査技師が2人、管理栄養士が1人、事務職員が今日同席している堺本と串田を含む4人で、合計17人です。
事務部・国際支援部 堺本さん「外国人患者の支援に興味があったので参加しました」
英語のホームページと3か国語の院内表示を作成
当部の取り組みとしては、まず、英語のホームページを作成するとともに、院内表示を英語・中国語・ベトナム語の3か国語を用いた多言語表記にしました。さらに、同意書や説明書について、英語・中国語・ベトナム語表記の文書を用意し、院内共通文書を用いて、重要な説明を行うことが多い麻酔科・婦人科から使用を開始し多言語化を進めています。今後もインフォームドコンセントや手術の説明など、重要度が高いものから順に多言語化を進めていきたいと思っています。
英語のホームページ
英語・中国語・ベトナム語で表記された院内表示
婦人科の帝王切開術説明書(ベトナム語)
JIH、JMIPといった認証制度にも意欲的にチャレンジ
また、外国人患者受入れの体制を確立するため、当院は「Medical Excellence Japan(MEJ)」が主催する「MEJフォーラム」に参加し、2017年12月、広島県で初めて「ジャパン インターナショナル ホスピタルズ(JIH)」の推奨を受けました。これは渡航受診者の受入れに意欲のある病院の受入れ体制や取り組み、診断・治療の実績を調査し、所定の基準を満たす病院が推奨されるものです。当県初ということで、情報を得るために、すでにJIHを受けている岡山県の津山中央病院や長野県の相澤病院の見学をさせてもらい、資料もかなりたくさんいただきました。こうした協力のもと、当院も無事にJIHの推奨にこぎ着けたんです。
そして次に目指したのは、外国人患者受入れ医療機関認証制度「Japan Medical Services Accreditation for International Patients(JMIP)」の取得。JIHは基本的にはインバウンドが対象ですが、当市の場合は外国人在住者がメインなので、全体的に外国人患者の受入れレベルを上げることが必要です。最も客観的な指標はJMIPだと考え、地域に住む外国人も当市を訪れる外国人も困らない病院を目指すためにJMIPを次の目標に定めました。お陰様で2021年9月21日、無事に認証を得ることができました。
他にも、海外の病院との交流、海外研修、院内研修を積極的に行って国際医療に貢献するとともに、医療スタッフや国際支援部メンバーのグローバル化を図っています。現在は院内で週2回、国際支援部とACCES(エイズ治療センター)の関係者を対象とした英語教室を行い、スタッフの語学力向上にも努めているんですよ。
医療通訳サービスの導入で劇的に環境が変わった!
多言語音声翻訳アプリと医療通訳サービスを採用
そして国際支援部の取り組みとして大きな成果を上げたのは、2018年に採用した通訳ツールです。31言語に対応した多言語音声翻訳アプリと、17言語に対応した電話とタブレットによる医療通訳サービスを取り入れました。日常的な会話には音声翻訳アプリを使用し、問診など医療用語の通訳が必要な時には医療通訳サービスを利用しています。
医療通訳サービスの電話とタブレットの使い分けは、簡単に使ってもらえるよう基本的にタブレットを推奨していて、医療通訳が必要な時には国際支援部のメンバーがタブレットを持って駆け付けます。夜間や休日でも事務部の当直がタブレットを担当するので、救急患者にも24時間、スピーディーに対応できるんですよ。電話通訳を利用するのは、当院で用意している3台のタブレットがすべて出払っている時だけ。当院でニーズの高い英語・中国語・ベトナム語だけではなく、韓国語・ポルトガル語・スペイン語・タイ語・ロシア語・タガログ語・フランス語・ヒンディー語・モンゴル語・ネパール語・インドネシア語・ペルシャ語・ミャンマー語・広東語と、全部で17か国語に対応しています。少数言語にまで幅広く対応しているので、大変心強いですね。
事務部・国際支援部 串田さん「呼ばれたらすぐにタブレットを持って駆け付けます(笑)」
産科や小児科を中心に、ベトナム人の受診数が年々増加
当院を受診する外国人患者の数は、外来だけ見てみてもやはりここ数年でベトナム人が右肩上がりに増え、2020年度では最も多くなりました。次いで中国人、フィリピン人となっています。診療科別に見ると、産科、小児科、整形外科がトップ3です。当市で暮らすベトナム人の多くは家庭を持っているため、産科や小児科がたくさん受診されているものと拝察されます。
[福山医療センターで診療を行った外国人患者数(外来)]
[福山医療センター診療科別外国人患者数]
※2021年7月19日から10月21日までの来院者数を集計
外国人患者が安心できる体制作りにゴールはない
現時点では、当院における外国人患者対応はまだまだ不備がたくさんあると思います。日本人の患者でもそうですが、外国人の患者だと余計に言葉や習慣に関する不安や不信があるでしょう。安心して診療を受けてもらえるような体制作りには、ゴールがあるものではありません。だからこそ、細部から少しずつ整えていきたいですね。改善を継続していくことで、振り返った時に大きな前進が得られるものと考えています。
東京や大阪などの大都市で、医療通訳のニーズが高い大きな病院の場合は、医療通訳者の養成や通訳者を専任スタッフとして雇用するのが理想的でしょう。しかし当院のような一地方の中核病院では、ニーズはあるとはいえそれほど高くはありません。そんな医療機関にとって、費用的にも許容範囲内で、必要な時に電話やタブレットで医療通訳サービスが受けられるというのは、本当に便利でありがたいと思います。特にタブレットで実際に顔を見て話せるのは、外国人患者にとっても心強いことでしょう。医療機関にとっては、通話が録音されているため、万が一の医療訴訟対策としても有用だと思います。既存のツールを上手に使えば、医療通訳の導入もそれほどハードルが高いものではありません。当院も医療通訳サービスを導入することで、かなり劇的に環境を変えることができたので、本当にお勧めします。
最後に、厚生労働省へ要望したいのは、これまでのサポートに加えて、医療機関の国際化を進める際の補助金や翻訳システムなどのバックアップをさらに充実させていただけると、とてもありがたいですね。
※インタビュー対象の方のご所属・肩書きはインタビュー実施当時のものです。
※各対象の体制等もインタビュー当時のものであり、現在と異なる場合がありますので、予めご理解ください。