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好事例インタビュー

外国人患者受入れ環境整備最前線インタビュー

石川県/公益社団法人 石川県医師会

医師会の団体契約で電話医療通訳を導入 その取り組みが全国へと波及したモデルケース

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 加賀百万石の歴史と文化に彩られ、豊かな自然や新鮮な海の幸、山の幸にも恵まれた石川県。 兼六園、金沢城公園、金沢21世紀美術館をはじめとする観光名所も多く、2015年の北陸新幹線開業から爆発的に観光客が増加しています。2025年には外国人宿泊者数が100万人に到達することが見込まれ、金沢市内はホテルの建設ラッシュ。外国人患者の受入れ環境整備も急がれています。そんな中、電話医療通訳の必要性を訴えてきたのが、公益社団法人 石川県医師会。その活動が実を結び、国や日本医師会が動いて全国規模での電話医療通訳サービスが始まっています。この取り組みの経緯を、公益社団法人 石川県医師会 理事の齊藤典才さんにお聞きしました。


公益社団法人 石川県医師会とは
石川県の医師を会員とする職能団体。日本医師会の下部組織として47都道府県に設置されている石川県の法人である。県行政をはじめとする関係各所と連携しながら、県内の医療、介護、福祉全般にわたるさまざまな事業活動を行っている。2017年10月から、当会の団体契約という形で電話医療通訳の実証事業をスタート。都道府県医師会として電話医療通訳の団体契約を開始したのは石川県が初である。


お話を聞いた、石川県医師会 理事 齊藤典才さん

外国人観光客の増加から医療通訳の必要性が浮上

イタリア人観光客の入院、手術で言葉の壁の大きさを実感

 私は金沢駅から一番近い救急医療を行う病院である城北病院の副院長で、外科に勤務しています。2014年、イタリア人観光客の若い女性が腹痛を起こし、早朝4時頃、婚約者と一緒に当院に来られました。2人がほかの大きな病院に電話で問い合わせたところ、「通訳者がいないから」と受入れを断られたとのこと。当院にも通訳者はいませんでしたが、タクシー運転手が当院を知っていて、「何とかしてあげてほしい」と連れて来られました。当直医と患者さんの双方が片言の英語で意思の疎通を図りながら、何とか診察や検査を進めていったものの、言葉の問題は大きく、遅々として進まなかったそうです。石川県国際交流センターに電話したところ、イタリア語の通訳者が来てくれて、やっとコミュニケーションがとれるようになりました。

結果としてこの女性は虫垂炎で、手術をしなければならない状況だったんですが、その日のうちに東京に移動して翌々日の飛行機でイタリアに帰る予定だったので、今度は帰国してから手術したいと言い出したんですよ。女性の虫垂炎というのは、破裂したら腹膜炎を引き起こして不妊の原因になる可能性もあるので、何とか説得して、やっとその日の夜、手術ができました。早朝から夜までかかったわけですから、外国人を説得するにはそれだけ時間がかかり大変だということですよね。術後、約1週間の入院期間中は、看護師がタブレット端末で翻訳アプリを使い、あとは身振り手振りと合わせて乗り切ったものの、本当に言葉の壁の大きさを実感する出来事でした。

電話医療通訳の必要性を県医師会、日本医師会で訴求

後日、私は県医師会の理事会で、イタリア人観光客の女性の一件を挙げて、医療通訳の必要性を訴えました。説明後のディスカッションではさまざまな意見が飛び交いましたが、当時の県医師会会長である近藤邦夫さんはことの重大さを実感してくれたようです。2015年になって、今度は近藤さんが日本医師会の会議で、「外国人患者受入れ医療機関に対する支援体制の構築について」という提案を投げかけてくれました。すでに愛知県の「あいち医療通訳システム」や神奈川県の「特定非営利活動法人MICかながわ」などで医療通訳が軌道に乗っていたこともあり、全国規模で電話医療通訳の体制整備を行うべきだと訴えたんです。

なぜ全国に先駆けて石川県から発信することになったかといえば、2015年は3月にちょうど北陸新幹線が開業したばかりのタイミング。金沢の街がガラッと変わるくらい外国人だらけになったので、ほかの都道府県より危機意識が高まっていたことが大きいといえるでしょう。県民の誰もが、何かしら外国人に関して困った事例を抱えていたと言っても過言ではありません。

ところが、日本医師会での提案から2年ほど経ち、県に相談したところ、県が中心になって音頭をとることはできないものの、財政面では支援してもらえることになりました。こうして2017年10月から、石川県医師会の団体契約という形で医療通訳サービス提供会社の協力のもと、電話医療通訳の実証事業をスタートさせたんです。


齊藤さん「当県で実証事業が成功すれば、全国発信にも拍車がかかりますからね」

医療現場から感謝される、欠かせない事業へと発展

1年目は実証事業として、県内37医療機関の参加でスタート

最初の1年間は「外国人向け電話医療通訳を活用した実証事業」として、県内37の医療機関が参加し、電話医療通訳のニーズや利便性、有用性を検証する取り組みをスタート。諸経費は当会からの3割と県からの補助金7割で賄い、外国人患者や医療機関側には負担を求めないこととしました。当会から各医療機関へ参加を呼びかけて医療関係者向けの研修会も積極的に実施し、電話医療通訳の利用方法だけではなく、外国人患者を受入れる心構えなども発信。研修会に参加した医療機関のほとんどがこの事業に参加する形になりました。

実際に事業をスタートすると、電話医療通訳を利用する外国人患者は観光客が約20%、在住外国人が約75%と、在住者の方がはるかに多かったのが意外でした。在住の場合はお友達や会社の同僚を通訳につけて受診するケースが多いため、電話医療通訳の利用は訪日よりも少ないと思っていたのですが、この石川県にも在住の方が意外と多くいらっしゃるということだと思います。

スピードと正確性で、派遣や機械ではなく電話医療通訳を採用

通訳といえば、電話医療通訳のほかに医療通訳者の派遣や機械翻訳の導入などの方法が考えられますが、当会では最初から電話医療通訳の1本で動き始めました。当会の医療通訳のニーズは診療科別では脳神経外科がトップでしたが、これは在住外国人の診療にこの電話医療通訳を多く利用していただいた医療機関の標榜科が脳神経外科であったためちょっと特殊な事情といえます。次いで救急科となり、やはり緊急性のある患者さんが多い傾向です。通訳者の派遣には数日前に予約が必要なので、当県の現状では難しいと考えました。また機械翻訳は、若い研修医がよくタブレットを使ってWeb翻訳や翻訳アプリで手軽に調べていますが、実際に使ってみると誤訳が多いので、医療現場では使う場面を選ぶ必要があります。スピードや正確性を考えると、まずは電話医療通訳だと考えました。もちろん、受付、問診、診察、検査、結果説明と、一連の流れのすべてで電話医療通訳を使う必要はありません。ただ、大事なところは医療機関と患者双方のためにも電話医療通訳を使ってほしい。難しい医療用語が必要ない受付や簡単な問診では、臨機応変に有効なアイテムを選んでもいいと思います。

[電話医療通訳の利用診療科目別の割合(2018年10月~2019年9月)]

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実証事業の成功を受け、2年目からは国の補助を受けて運営

 当会の実証事業において、参加医療機関がだんだん増えていったことに加え、医療現場から「電話医療通訳があって助かった」「これなしでは現場が困る」という声がたくさん寄せられました。この結果を受けて国が動いてくれたんですよ。2年目の2018年10月からは、国から半額の補助が出るようになりました。1年目の県の補助より割合は低いんですが、現在でも外国人患者や医療機関の負担はゼロのままで運営しています。当会の使用言語のトップ3は、中国語、英語、ベトナム語。当県特有の比率というより、これらは全国的にニーズの高い言語だといえるでしょうね。

[電話医療通訳の利用件数と参加医療機関数の推移(2017年10月~2019年12月)]

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[電話医療通訳の使用言語の割合(2018年10月~2019年9月)]

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石川県からの発信で全国的に電話医療通訳が浸透

機械翻訳のリスクの啓蒙と、費用負担の仕組み作りが課題

当会の取り組みがさらに実を結び、2020年4月から、日本医師会が全国的に電話医療通訳を始めることが決定しました。医師賠償責任保険の基本契約に「医療通訳サービス」が付帯され、日本医師会A1会員1人あたり年間20回まで無料で利用できるというものです。また、大手保険会社でも似たようなサービスを開始する動きがあるので、ざっくり言うと開業医は日本医師会のサービス、総合病院などは大手保険会社のサービスで全国的に医療機関の大部分がカバーされると考えていいでしょう。

当会発信で全国的に電話医療通訳の取り組みが浸透していったという実感はありますが、まだまだ課題も残っています。1つ目の課題は、医療通訳に必要な知識、通訳技術、倫理感などのスキルを習得している医療通訳者の電話通訳を受けることの重要性が、周知徹底されていないこと。安易に機械翻訳で済ませたことが原因で裁判沙汰になるようなことのないように、大事なところは電話医療通訳を使うべきだということをもっと啓蒙していかなければならないですね。2つ目の課題は、費用の面では本来、患者さんが負担するべきものなので、将来的には医療機関側が患者さんに請求するのが当たり前になっていくような仕組み作りが必要だと思っています。

県内のすみずみまで参加医療機関を増やすことが今後の展望

ほかの都道府県では、医療の現場における問題を医師会が把握できていなかったり、吸い上げるまでに時間がかかったりするというケースをよく耳にします。ただ、当会が何か特別な取り組みを行ったかというと、決してそうではありません。どの都道府県でも医師会の理事には開業医が多く、当会でも同様です。しかし、たまたま私が勤務医であり、現場の問題点をよく理解していたことが、今回の事業では功を奏しました。構造上、現場の声が届きにくい都道府県においては、現場の声を吸い上げるための何かしらの工夫は必要になるでしょうね。
北陸新幹線プロジェクトが2022年度末の金沢・敦賀駅間の開業に向け進行していて、開業の暁には県内に訪れる外国人も外国人労働者もどんどん増えていくことが予想されます。当会の事業に参加している医療機関は現在、金沢近郊が中心なので、もっと県内のすみずみまで広めていきたいですね。日本医師会の電話医療通訳サービスは開業医だけが対象なので、それ以外の会員へ向けても当会の事業への参加を促していくつもりです。


齊藤さん「外国人患者への対応力の底上げを目指します」